素面の人が誰もいない国でつるみたがる男たち〜NTライヴ『誰もいない国』

 NTライヴでイアン・マッケランパトリック・スチュワート主演『誰もいない国』を見てきた。ハロルド・ピンターが70年代に発表した芝居の再演で、ショーン・マサイアス演出。字幕は喜志哲雄訳を使っており、ちょっと誤字があったがたしかに上演向けにこなれた訳だった。

 舞台はロンドンの北のほうにある大きな家の一室だ。弧のような形の壁と窓があり、奥にはミニバーもある。ここでパブで会ったらしいハースト(パトリック・スチュワート)とスプーナー(イアン・マッケラン)というおじいさん二人が飲んでいるとことから始まり、どうやらハーストの家らしい。ところがこの二人の会話はあまり筋の通らないものだ。第一部終盤からはハースとの家で働いているフォスター(ダミアン・モロニー)とブリグズ(オーウェン・ティール)も登場し、どんどんややこしいことになっていく。

 かなり難しい芝居で、しかも陰鬱だ。しかも私はハロルド・ピンターの芝居は笑いどころがよくわからなくてあまり好きだと思ったことがないのだが、これはイギリスやアイルランドによくある最初から最後までひたすら全員が酒を飲んでいる芝居で、私は一切酒が飲めなくてこの手の芝居がかなり苦手なので(飲んでいる時の思考の移り変わりとかがわからない)、あんまり面白いとは思えなかった。誰もいない国っていうか、素面の人が誰もいない国っていう感じの芝居だ。

 役者陣の演技は全員素晴らしく、大ベテランで既に長きにわたり一緒に仕事をしているおじいさん二人の息の合った演技は見所で、第二部序盤でくだらない意地の張り合いをするところはさすがに笑えた。またモロニーとティール(『ゲーム・オブ・スローンズ』に出てる)も大変上手で、ブリグズが汚い言葉を使いまくるところも笑えた。この男四人の会話はとにかく居心地悪いもので、私はこんなことなら一人でいたほうがマシだと思ったのだが、なんだかこの男たちはどんなに不愉快であってもコミュニケーションを欲しているらしく(これは最後についているQ&Aセッションでも言ってた)、意地の張り合いや嫉妬が絡んだこづきあいであってもないよりマシだと思っているらしい。この芝居を見ていると、まるで酒飲んでSNSでバカなことして炎上するが全然SNSをやめられない人たちを見ているみたいないたたまれない気分になる。しかも話す内容が非常にいわゆる「男性性」を誇示するような内容で、おじいちゃん二人はかなりお年でしかもどうも精神の病気にかかっているようなのに(とくにハーストはアルコール依存症らしい)、昔イイ女とどうしたみたいなしょうもないことでケンカするし、フォスターとブリグズはゲイみたいなのだがそれでもフォスターは女に関する自慢ばかりしている。とにかく悲惨な男の世界についての物語だ。

 ふつうNTライヴは休み時間の後に解説フッテージみたいなのがついているのだが、この『誰もいない国』は最後に観客とのQ&Aセッションがついており、ここは役立つ情報がたくさん含まれている上、面白かった。イアン・マッケランが、芝居が終わったばかりでハイテンションなのかあまりにもノリノリでしゃべりまくっているところもちょっと可笑しかった。