ヨーロッパの政情を反映したのはいいが、細かい理屈が…イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出『オセロー』

 東京芸術劇場でイヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出『オセロー』を見てきた。アムステルダムの劇団による上演である。

 衣装などは全部現代風である。冒頭のヴェニスの場面はカーテンがかかった奥行きの無いセットなのだが、キプロスに行くとカーテンが全部送風機の風に煽られて落とされ、真ん中にガラスの箱が出現する。この箱の中にベッドなどがあり、オセロー夫妻の私室という設定だ。たまにカーテンなどを使って箱の一部を見えづらくするという演出も行われている。正直、こういうガラスの箱は『イェルマ』とかアンドルー・スコットの『ハムレット』で見慣れているので別に斬新というわけではないのだが、最後のデズデモーナ殺害の場面ではわりと効いていたと思う。

 この芝居のポイントはオセロー(ハンス・ケスティング)をアラブ系(途中の台詞であるように、おそらくベルベル系)とし、ヨーロッパの反アラブ感情を背景にしているところだ。ベルベル系とかマグレブ諸国のアラブ系には、容姿の点ではほとんどギリシャバルカン半島、地中海の北岸の住民と区別がつかない感じの人もいるのだが、このオセローはそういう感じの人物として演出されている。ヨーロッパに長く住み、衣類も話し方もすっかりヨーロッパに同化している移民なのであまりヨーロッパ出身のヨーロッパ人と区別がつかない。それでも周囲の人々はオセローを「差異化」しようとし、オセロー自身はヴェニス人として認められるため最大限の努力をしているにもかかわらず、差別を受け続けるというのがポイントだ。オセローは自殺寸前に、かつてヴェニスを侮辱したトルコ人を殺したことがあるということを告白するのだが、この台詞は現在トルコがヨーロッパなのかそうではないのか微妙な立ち位置にあることを考えると、オセローがヴェニスに過剰適応して死ぬ前に自らをヴェニスの価値観を守るヴェニス人として提示したいという気持ちを示しているものに聞こえる。このあたりは設定が台詞に深みを与えていて良かった。

 こういう現在のヨーロッパの人種差別を織り込んだ演出とか、エミリアとデズデモーナの会話をしっかり見せる場面とかは良かったのだが、ところどころ細かい辻褄合わせができていないのが残念だった。とくに最後の場面でそれが顕著だ。下着姿(これ、全裸でもいいと思うしオランダでは全裸だったみたいなのだが)でオセローがデズデモーナを殺すショッキングな場面は良かったし、またデズデモーナが死に際に言う台詞をカットしたのは大賛成だ(いったん死んだと思ったのにまた話し出すので、今見るとなんかゾンビみたいで笑っちゃうからあの台詞はどの上演でもカットしたほうがいい)。しかしながら、その後イアーゴーがエミリアを時間をかけて絞め殺すあたりから場面の流れがおかしくなる。ここは素早くナイフか銃で殺害しないと、いくら動転しているとはいえイアーゴーの罪の証人であるエミリアが目の前で殺されるのをオセローが黙って見ていることになるので、見ていて非常に違和感があった。全体的にこの上演のイアーゴーは女性は全員絞め殺しているので何か性的な含意があるのかもしれないが、それにしたってこの演出は筋が通っていない。さらにキャシオーはもっと早く部屋に入れないと、なんでエミリアの話を聞いていなかったはずのキャシオーが悪事の詳細を知っているのかわからない。また、この場面では他の役者もできるだけ夫妻の私室に入れないと、悪事が皆の前に露見してコミュニティ全体に驚愕が走るという効果が薄れるので良くないと思う。半裸のオセローが軍服を着てから自殺するという終わり方は、よく言われる「オセローは何本剣を持ってるのか」という問題をうまく解決していたし、ヴェニス軍人として死にたいというオセローのプライドを示してもいるのでよかったと思う。全体的にこの幕切れの場面は良いところと悪いところが両方あり、もう少し厳密な詰めが欲しかった。悪くはないのだが、同じイヴォ・ヴァン・ホーヴェなら『橋からの眺め』のほうが良かったかなぁ…

 ちなみに当日無料配布されたパンフレットについて、イヴォ・ヴァン・ホーヴェの経歴にはちょっと不足があるんじゃないかと思った。これは『オセロー』の上演なんだから、ヴァン・ホーヴェがシェイクスピア劇の新解釈で大評判になった『ローマン・トラジディーズ』(残念ながら未見。DVD出ないかねぇ…)を入れたほうがいいし、『ヘッダ・ガブラー』がNTライヴで日本でも上映されることに触れたほうがいいんじゃないかと思う(NTライヴのチラシも配っては?)。『ラザルス』の説明が「デヴィッド・ボウイの楽曲によるミュージカル」になっているところ「ボウイの脚本」とすべきだと既にツイッターで指摘されており、それもたしかにそうだと思う。あと、たまに字幕がズレてたように思うのだが、それはまあ仕方ないのだろうか…