音楽は楽しいが、話はけっこうメチャクチャだと思う~『後宮からの逃走』

 日生劇場モーツァルト後宮からの逃走』を見てきた。初めて生で見る演目である。

 

 誘拐されてトルコの後宮に売られた恋人、コンスタンツェ(安田麻佑子)を救出すべく、ベルモンテ(山本耕平)が太守セリム(大和田伸也)の宮廷にやってくる。コンスタンツェはセリムの求愛をはねつけており、ベルモンテとの再会に喜ぶ。ところがペドリッロ(北嶋信也)の恋人でコンスタンツェの侍女であるブロンデ(宮地江奈)に横恋慕している役人オスミン(斉木健詞)の妨害で、コンスタンツェとベルモンテは駆け落ちに失敗してつかまってしまう。しかしながら結局セリムの慈悲で恋人たちは自由になる。

 

 外側はボロボロの鉄板のような外見だが、中はちょっとオリエンタルな模様の壁で彩られた空間になっている大きな箱がセットの中央にあり、これを閉じたり開いたりして場面を転換するようになっている。大きな箱セットの中の家具などは随時変えているのだが、たまにセットを整備しているスタッフが見えてしまうことがあり、これはちょっとよくなかった。セットじたいにはとても魅力があったので、セット替えがバタバタしないようにしてほしい。

 

 かなり単純な展開で笑えるところも多く、音楽はもちろん素晴らしいのだが、18世紀の感覚でならともかく、今の感覚では話がかなりメチャクチャだと思う。セリムはコンスタンツェに対して無理強いなどをすることもなく紳士的に求愛するし、最後は敵の息子であるベルモンテに慈悲を示して恋人たちを解放していやるという立派な為政者だ。そんな良識のある太守の後宮なのに、性的人身売買により女性が集められているというのは現代の感覚ではかなり受け入れにくい。他にも18世紀ふうの人種的ステレオタイプがたくさんあるので、これはかなりアップデートが必要なオペラだと思うし、実際にそういう試みもけっこうあるようだ。このプロダクションは、女装したペドリッロが酔っ払ったオスミンにキスするなどの演出は良かったと思うが、そこまで人種差別や性差別を掘り下げてはいないかったので、もうちょっと尖った演出で見たいと思った。

 

 また、このオペラにはレチタティーヴォではないふつうに話す台詞がたくさんあるのだが、大和田セリムはおそらくトルコ語?とおぼしき箇所だけ日本語でしゃべって他のところはドイツ語で話していたんだけれども、この台詞の言語を変えるというのはあんまりうまくいっていなかったかもしれないと思う。