オネーギンがクズ~メトロポリタンオペラ『エフゲニー・オネーギン』(配信)

 メトロポリタンオペラの配信で『エフゲニー・オネーギン』を見た。プーシキンを原作とするチャイコフスキーの有名作なのだが、私は一度も見たことがなく、原作も未読である。2017年の上演で、デボラ・ワーナー演出、ロビン・ティチアーティ指揮によるものである。

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 タイトルロールのオネーギン(ペーター・マッテイ)は斜に構えた男で、前半では田舎の令嬢であるタチヤーナ(アンナ・ネトレプコ)の初恋の対象になるがあっさり断った後、その妹であるオリガ(エレーナ・マクシモワ)にパーティでちょっかいを出し、オリガの恋人レンスキー(アレクセイ・ドルゴフ)と決闘することになって殺してしまう。しばらく国外にいたオネーギンは帰国して出席したパーティでグレーミン公爵(ステファン・コツァン)の妻として魅力的な大人の貴婦人になっているタチヤーナと再会し、恋をするがタチヤーナに拒絶される。

 19世紀の前半頃のロシアの上流社会が舞台で、セットや衣装などはそのあたりの時代設定に忠実にしており、なかなか豪華である。第2幕まではひなびた田舎のお屋敷だが、第3幕は都会的な舞踏会になっており、だいぶセットの雰囲気が変わる。野外の場面では雪が効果的に使われ、チャイコフスキーのドラマティックな音楽とよくあっている。

 他の演出ではどうなのかよくわからないのだが、少なくともこの演出ではタイトルロールのオネーギンがものすごくクズである(演出によってはもっと愛嬌があるように作れるのではと思うのだが、このプロダクションはそうしていない)。行動に問題があるというのはもちろん、いつも不機嫌そうな難しい顔であまり人に好かれる要素がない。ロシア上流階級の困ったサークルクラッシャー男というとチェーホフプラトーノフが思い浮かぶが、私が以前に見た上演のプラトーノフは少なくとももっと可愛げのある男だった…のだが、このオネーギンは強面すぎて大変イヤな感じがする。それが終盤で崩れるギャップが面白いのだが、まだ未練はあるものの夫と幸せに暮らしているタチアーナにフラれてしまう。クズ男がものすごくしっかり最後に逆襲されるという物語だ。

 もうひとりの主役がタチアーナである。第2幕までは小娘感あふれる女性で、初めての恋に胸が高鳴って眠れずに手紙を書くところはとても可愛らしい一方、最後では大人の女性になっていて、そのあたりをネトレプコが上手に表現している。未練がありつつ最後はオネーギンを振る終幕のタチアーナは、序盤とはうってかわって強さと判断力を身につけた女性になっている。また、タチアーナの夫であるグレーミンははるかにオネーギンよりも魅力がある…というか、第3幕で妻への愛を歌うところはきれいな低音でロマンチックに切々と歌い上げており、誠実で知的でタチアーナにお似合いの男性だということがよくわかり、まあこの夫を捨ててオネーギンに走るなどということはまずないだろうと思わせるだけの説得力がある。なお、歌詞を見ているとグレーミンのほうがオネーギンより年上なのではと思うのだが、このプロダクションではグレーミンのほうが若々しく作られていると思った。