ハムレット2本立て(2)~メトロポリタンオペラ『アムレ』(配信)

 メトロポリタンオペラの配信でアンロブロワーズ・トマ『アムレ』(ハムレット)を見た。2010年の上演で、パトリース・コリエとモーシュ・ライザー演出によるものである。このオペラは初めて見た。

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 ほとんど何もない箱のようなシンプルなセットで、そのせいで劇中劇の場面のテーブルとか、オフェリ(オフィーリア)狂乱の場面で飾られている大きな花とか、場面ごとに変わるちょっとした家具が目立つような美術になっている。着るものはあまり現代風ではないが、ルネサンス風というわけでもなく、19世紀くらいかなという感じだ。

 お話のほうは原作のシェイクスピア劇とはかなり違い、より単純かつメロドラマティックになっている。ハムレットイングランドに送られないし、ポローニアスをうっかり殺害してしまう陰惨な場面はないし、ローゼンクランツとギルデンスターンは出てこない。そのぶん笑うところは少なくなっていると思う。

 全体としては、かなり若者同士の交流に重点を置いた恋愛ものになっていると思った。最初にアムレ(サイモン・キーンリーサイド)とオフェリ(マルリス・ペーターゼン)が愛を歌い交わし、やってきたラエルト(トビー・スペンス)に親しげにアムレが挨拶するというような場面がある。劇的なポローニアス殺しがないせいで、オフェリが狂った主要な原因はアムレの拒絶で傷心したせいだということになっており、原作よりもオフェリがけっこう繊細で脆い女性に見える。さらに最後の場面はフェンシングではなく、墓地でアムレがラエルトと差し違え、ラエルトは即死、瀕死のアムレがオフェリの葬儀でクロード(ジェイムズ・モリス)を殺したのちにオフェリの遺体のそばに斃れるというもので、これだと本当にほぼ恋愛ものである。

 あと、ちょっとびっくりしたのがアムレが陰気な酒飲みだということだ。原作のハムレットは真面目で自分からは酒を飲まない人物なのだが、このアムレは役者たちが到着してから劇中劇のところまではしょっちゅう酒を飲んでて(ご丁寧に酒の歌まである)、さらに酒を飲んでいてもあまり楽しくなさそうだ。歌詞でも酒を飲んで嫌なことを忘れたいと言っているし、顔も苦虫をかみつぶしたような表情で周りに心配されており、たぶん飲みたくないのに飲んでいる。劇中劇の後で赤ワインをひっかぶって狂乱する演出があるのだが、これは陽気な酒飲みならばおそらくやらないであろう行動で、ここではワインがわざとらしく血みたいな色の液体になっている上、照明も劇的で、アムレの暗い衝動と悩みを強調する演出になっている。

 サイモン・キーンリーサイドのアムレは歌も演技も大変上手で、知性もエネルギーもあり、不安定な感情を抱えて苦悩している雰囲気がよく出ている。もともとこのオペラのタイトルロールは、原作に比べるとロマン主義の情熱的な芸術家みたいな男として描かれているのだろうと思うのだが、それによくあった役作りだと思った。他のキャストもしっかりしていて、大変満足できるプロダクションだった。