政治BL劇~『ハミルトン』

 ロンドンで『ハミルトン』を見てきた。リン=マニュエル・ミランダが作ってブロードウェイで大ヒットしたラップオペラ(ミュージカルと言いづらい構成をしている)をイギリスに持ってきたものである。アメリカ建国の父のひとりであるアレクサンダー・ハミルトンを主人公とする作品で、キャストはほぼ非白人である。白人の歴史として語られることの多いアメリカ建国史を見直す作品だ。

www.youtube.com

 アレクサンダー・ハミルトンはカリブでスコットランド系の父とフランス系の母の間に生まれたが、両親は正式に結婚しておらず、貧しい育ちで孤児だった。他のアメリカ建国の父たちに比べると圧倒的に不遇な家庭の出身だが、才覚だけでのし上がり、アメリカ独立の闘士になる。政治的な理想を持っている一方、強烈なハングリー精神と名誉心が災いして多くの敵を作ってしまうことになる。

 

 アメリカ英語+早口のラップ+オペラという、私が聞き取り苦手なものが三拍子揃っているので、たぶん私が今まで見た舞台の中では一番英語が難しく、事前に台本を読んでいなかったらよくわからなかっただろうと思う。散文の台詞がほとんどなく、また複数回同じモチーフが出てくるなどかなり考え抜かれた構成で、ほとんど神話化されているような壮大な歴史を主題にしていることもあり、ミュージカルというよりはオペラである(ザ・フーの『トミー』や『四重人格』、グリーンデイの『アメリカン・イディオット』なんかが好きな人はきっと『ハミルトン』も好きだろうと思うのだが、それよりもさらにオペラっぽい)。ラップだけじゃなく、シェイクスピアギルバート&サリヴァンなど、古典的な舞台からも引用している。

 

 お話は極めてヒップホップ的…というか、貧しくて野心的な若者が才覚だけでのし上がるが、きらきらしすぎた才能やちょっと不安定な性格ゆえに敵を作ってしまい、スキャンダルまみれになって最後は殺されるという展開じたいがものすごくヒップホップの美的感性に訴えるものなのではないかと思う(これだけ圧縮すると2パックやXXXテンタシオンの伝記ものだと言われてもおかしくない)。ただ、この田舎から出てきてとにかく野心と努力だけでなんとかしようとしているあたりがけっこう個人的に共感できてしまって、正直、ものすごく面白かった。

 

 基本的には陰謀が渦巻く尖った政治劇なのだが、キャストが非白人、国王ジョージは白人が演じるというあたりも含めて、人種問題が通奏低音みたいにずっと底を流れている。これは、実は歴史的にもいろいろとアメリカのために尽くしてきたにもかかわらず、忘れ去られてきた非白人の住民の手にアメリカ史を取り戻そうとする試みだ。ハミルトンは奴隷制度に批判的なのだが、ジェファーソンがけっこうイヤな奴として出てきているのは奴隷所有者で奴隷を愛人にしていたからだろうと思う。

 

 一方でこの作品はかなりのブロマンス…というかBLである。最後にはハミルトンと決闘をすることになるアーロン・バーが劇中で大きな役割を果たしており、序盤からハミルトンのカリスマと才能に魅了されている男として登場する(このあたりはあまり史実に基づいておらず、誇張が入っているらしい)。バーはいろいろハミルトンのことを心配しており、ハミルトンに褒められたり、相談を持ちかけられたりするとすごく嬉しそうにする。たまにハミルトンのことをいかにも親しげに「アレクサンダー」とファーストネームで呼ぶのだが、ハミルトンはバーのことをほとんど「アーロン」とは呼ばないし、最後はバーと決裂する。この作品は決闘が何度も出てくるのだが、決闘に関するしつこいこだわりは、おそらく現在もなおアメリカ社会が暴力に魅せられていることを象徴するものなのだろうと思う。この作品は尖った政治劇である一方、愛情がアメリカ社会に満ち満ちた暴力の文化のせいで殺し合いへと発展してしまう。悲しいBL劇だ。

 

 人種問題や暴力の扱いが鋭い一方、女性陣の扱いはかなり小さい…というか、男性陣に翻弄され、最後は優しく許してあげるだけみたいな感じである。一方でハミルトン自身がちょっと「女性的」にジェンダー化されているところがある。バーは冒頭でハミルトンに会った時"Talk less, smile more"「口を開くのは減らして、もっと笑いなさい」と忠告するのだが、これは伝統的に女性がよく言われてきたことだ(最近もブリー・ラーソンが『キャプテン・マーベル』で言われた)。女性や非白人に限らず、何かの理由で攻撃されやすくなっている人間の処世術として「黙って微笑む」ことは機能するのだが、ハミルトンはそれに従えないわけである。

 

 ここで面白いのは、少なくともウェストエンド版でハミルトンを演じているジャマール・ウェストマンは、いかにも頭が切れそうだがこいつは人好きがしないだろうな…という雰囲気で役を作っているところだ。高身長ですらっとしていてキレがよさそうなのだが、愛嬌が一切なく、敵を作りがちな性格に見える。会った瞬間にバーが心配するのもちょっとわかるし、この手の芝居の主人公としてはそういう役作りのほうがロンドンの舞台の趣味にあいそうだ。ただ、ブロードウェイ版でハミルトンを演じたクリエイターのリン=マニュエル・ミランダだったらもうちょっと愛嬌のある感じになるのかもっていう気はする。