芸術家の話~『キャンディマン』(ネタバレあり)

 ニア・ダコスタ監督の『キャンディマン』を見た。1992年の同名の有名なホラー映画の続編である。ジョーダン・ピールが製作・脚本にかかわっている。

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 舞台は2019年のシカゴである。駆け出しの画家のアンソニー(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)は恋人であるアートギャラリーディレクターのブリアナ(テヨナ・パリス)とオシャレな家で暮らしていた。ある日、ブリアナの弟トロイ(ネイサン・スチュワート=ジャレット)とその彼氏グレイディ(カイル・カミンスキー)がやって来て、トロイはみんなにカブリーニ・グリーンで起こったヘレン・ライルによる殺人事件の話をする。これを聞いたトロイはカブリーニ・グリーンでの出来事を題材に調査を行い、新作を作ろうとするが…

 人種差別がテーマの辛辣なホラーで、アメリカでは超自然的な怨霊(キャンディマンは日本的な怨霊とは全然違うが、それ以外にあまり適切な言葉が思いつかない)よりも現実社会の人種差別のほうが怖いんだ、ということをつきつけてくる作品である。そもそもタイトルロールのキャンディマンじたいが人種差別のせいで生まれた怨霊なのだが、悲劇的な恋愛が織り込まれていて少しロマンティックな雰囲気のあるホラーだった1992年版に比べると、2021年版は奴隷制度とそれに起因する人種差別のせいでアメリカ社会が完全に歪んだものになっていることを厳しく指摘している。1992年版ではあらゆる人を襲う荒ぶる怨霊だったキャンディマンは、2021年版ではもうちょっと人を選んで襲っている…というと変だが、わりといけすかない白人を中心に襲撃するようになっており、アメリカに住む虐げられた黒人の怨念が具体化したような存在になっている。

 前作でも面白いと思ったところとして、キャンディマンはもともと画家で、絵の才能があったために白人社会とかかわるようになり、そのせいで白人ににらまれるようになったということがある。本作でもアンソニーは画家で、ブリアナはギャラリーのディレクターである。最近の作家性が強いホラーというのは芸術家推し…というか、『へレディタリー』のヒロインであるアニー(トニ・コレット)はドールハウス(というか精巧なミニチュア)のクリエイターだし、『ゲット・アウト』の主人公も写真家である。芸術というのは人に本来は見えないものを見せる働きをするものであり、超越的な体験を誘発することもあるので、心霊とか超自然とかに結びつけられやすいのかもしれない。一方で芸術家というのはやはり人に見えないものが見えるのでヤバい人だと思われることも多く、社会から外れやすい。このへんのホラー映画に出てくる芸術家たちは、実際に作品を作っている映画作家たち本人に結びつけられている存在なのかもしれない。

 一方で『キャンディマン』が画家の話だというのはアメリカ文化に対する諷刺にもなっていると思う。アメリカ文化は黒人と同性愛者が作った、みたいなことは冗談まじりによく言われるが(『グリー』ですらネタにされていたくらいでよく聞く)、たしかにジャズとかブルースとかディスコとか、アメリカの白人メインストリーム文化というのは非白人やクィアな人々が生んだトレンドを取り込んで(というかかっぱらって)商業的に売ることで成り立ってきたというところがある。キャンディマンが画家で、絵を描く能力によって白人にリンチされたというのは、アメリカ社会が黒人のアーティストに対してしてきた仕打ちの象徴なのだろうと思う。さらに今作ではカブリーニ・グリーンの過去に触発された作品を作ったアンソニーが白人の批評家からあまり好意的ではない批評をされるところがとてもイヤな感じで描かれており、いまだに黒人アーティストが特定の作風を求められたり、白人批評家の固定的なイメージにあわないことをした場合は非難されることが示されている(その後で手のひら返しみたいに白人批評家が寄ってくるくだりはとても皮肉だ)。そういう意味では、もともとは白人の監督が撮った『キャンディマン』を新たに黒人のクリエイターたちが作り直すという今作は、一度メインストリームの白人文化に奪われたものを取り戻す、というか撮り戻すという意味があるのかもしれない。

 なお、本筋からは逸れるのだが、この作品はホラーではあるものの、ちょっとコミカルなところがある。冒頭は全くホラーらしくなく、弟がボーイフレンドを姉に紹介するというホームコメディみたいな始まり方だ。弟がゲイでクロスレイシャルカップル(アフリカ系と、おそらくユダヤ系)だということがまったく自然に出てくるのはとてもいいと思うし、このカップルは暗くなりがちな全体の展開の中ではユーモアがあって仲睦まじく、見ていて面白い。ブリアナが弟の彼氏であるグレイディについて、やっとトロイがまともな男とくっついた…と安心しているあたりも、これまでたぶんしょうもねえボーイフレンドばかり連れてきていたんだろうなと思える口ぶりでなかなかリアルだ(トロイはかなりのお調子者なんだろうと思う)。しかしながらブリアナとトロイのお父さんのことがあんまり掘り下げられていないのはちょっと不消化だと思ったので、続編とかがあるならこのへんを見せてほしいと思った。