男子文化と打ち明け話~『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』

 フランソワ・オゾンの新作『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』を見た。この日本語タイトルはけっこうよろしくない…というか、フランス語の原題はGrâce à Dieuで、文字通りには神の恩寵のことで、慣用的な意味としては途中で説明されているように「神のおかげで」→「幸いにも」というようなことらしいのだが、フランス語のタイトルをわざわざカタカナ英語にする意味がわからないし、カタカナにすると作中のセリフとの呼応がわからなくなるので、まあそれはそれはダメな日本語タイトルだと思う。

www.youtube.com

 リヨンで実際に起こった、カトリック教会の神父による少年の性的虐待事件を脚色したものである。はっきり区切られているわけではないのだが三部構成みたいになっており、序盤は大人になったアレクサンドル(メルヴィル・プポー)が子供の頃に自分を性的に虐待したプレナ神父を訴えるまで、中盤は警察の捜査開始をきっかけとして悩んだ末に教会の告発活動を行うことに決めたフランソワ(ドゥニ・メノーシェ)による「沈黙を破る会」立ち上げ、終盤は明らかに性的虐待のせいで人生に悪影響を受けるレベルのトラウマを受けており、沈黙を破る会の活動で心が楽になり始めるエマニュエル(スワン・アルロー)の暮らしぶりが中心に描かれている。

 最初はアレクサンドルがひたすら教会にメールして無視されるみたいな感じで、このまま最後までこの調子だとかなりつらい…と思ったのだが、たぶん監督のほうはそれがわかっていてプポーをキャスティングしたのだと思う。プポーはオゾンと一緒に仕事をしたこともあって慣れており、演技もうまいし、スター性があり、静かに悩んでいるような芝居が続いても画面を保たせられるだけの華がある。中盤以降はかなりフランソワやエマニュエルがいろいろ活動するので話に動きが出る。

 この3人のキャラクターが非常に違うものとして描かれているところは工夫がある。何しろ特定地域での教会での性的虐待が主題なので、必然的に被害者のバックグランド(人種とか信仰)が似たものになるのだが、それでもかなりはっきりキャラが分かれている。一番最初に告発をしたアレクサンドルは大人になっても極めて敬虔なカトリックでふだんから教会にかかわっているので腐敗を黙認しきれなくなったという事情がある一方、ミドルクラスの成功した男性であたたかい家庭もあるので、比較的告発をしやすい環境だ。一方でフランソワは既に信仰を失っており、闘士タイプで、奇抜なものも含めていろんなアイディアを持っている。最後に出てくるエマニュエルが一番人生が大変そうで、性的虐待のトラウマはもちろん、IQが高すぎるとか持病があるとかいろいろな事情で仕事も家庭生活もつまずき気味で、沈黙を守る会に入ることでやっとつらいことを話し合える友達ができたという描き方になっている。

 とくに興味深いのが、この映画においては男性同士が自分のつらい体験をシェアするような場の重要性が強調されていることだ。エマニュエルが一番顕著だが、男子文化においては弱みを見せることがあまり良いこととされていないこともあり、苦しい記憶を打ち明けられるような友達がいない人もいる。この映画に出てくる3人は別にとくにマッチョだとかいうわけでもないのだが、それでも互いにつらい記憶を打ち明け合える相手ができたことで少しだけ人生が生きやすくなっているし、とくにエマニュエルは初めてまともな友達ができたみたいな感じでとても気が楽になった様子である。こういうふうに男性同士が互いに秘密を打ち明けて励ましあうことの重要性を描いている一方、最後は単なる連帯や友情だけではなく、相互の違いや信仰への疑念などのビターな後味もあり、ニュアンスに富んだ描き方になっている。