むかしむかし、ニューヨークにとても挙動不審な王子様が住んでいました~『イン・ザ・ハイツ』(ネタバレあり)

 『イン・ザ・ハイツ』を見てきた。リン・マニュエル=ミランダとキアラ・アレグリア・ヒュデスによる舞台の映画化である。『クレイジー・リッチ・エイジアンズ』の監督であるジョン・M・チュウが監督をつとめている。

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 舞台はニューヨークのワイントンハイツ(観光地としてはクロイスターズ美術館があるあたり)、ラティンクスが多く住む地域である。ここでコーナーショップ(ニューヨークではボデガと言うらしい)を営んでいるウスナビ(アンソニー・ラモス)は、故郷であるドミニカ共和国に帰って父親が持っていた店を買いたいという夢を持っている。このウスナビを中心に、ウスナビの妹分でスタンフォード大学に合格したが新しい環境で差別を受けてなかなかなじめないニーナ(レスリー・グレイス)、ウスナビが恋をしているデザイナー志望のバネッサ(メリッサ・バレラ)、ウスナビの養母でコミュニティ全体のおばあちゃん的存在であるアブエラ・クラウディア(オルガ・メレディス)などの人間模様を描く作品である。

 全体が、ウスナビが自分の子供たちに昔の話を面白おかしく聞かせてやるという枠に入っており、ミュージカルの歌や踊りもそうしたおとぎ話っぽい展開の中で繰り出されるようになっている。「むかしむかし、あるところに…」みたいな始まり方といい、気合いの入った歌や踊りといい、都会を舞台にしたディズニー映画みたいなお話だ。内容も、コミュニティの母であったアブエラの遺志を受け継ぐ正統なる息子(血縁ではなく心意気が問題になるわけだが)としてウスナビがリーダーとして覚醒するまでを描くというものなので、ジェントリフィケーションや差別など、ラティンクスの若者たちが直面する問題をリアルに描いた作品でありながら、王子様を主人公にしたおとぎ話みたいな感じがする(『クレイジー・リッチ・エイジアンズ』を撮ったジョン・M・チュウだからそういうのが得意なのかもしれない)。

 しかしながらこのワシントンハイツの王子たるべきウスナビ、ロマンティックコメディ(いろんな要素のある物語だが、ウスナビとバネッサの恋は完全にロマコメである)の主人公にしては異常に挙動が不審である。別に、もともと引っ込み思案でシャイな奴が女の子の前で挙動不審だ、というのならよくある話なのだが、ウスナビは誰からも好かれる大変イイ奴で、若いのにひとりで店をちゃんと経営しており、社交スキルも高く、たぶんコミュニティの次期リーダー格と見なされている(ドミニカ共和国の店を買おうとしてるくらいで、早く親を失った若者としては相当うまく商売をやって堅実にお金をためてると思われる)。そういう社交的な若者なのに、バネッサの前では優柔不断そのものだ。ちょっとの優柔不断ならカワイイですませられるのだが、クラブの場面は不自然なくらい挙動不審で、台本が大げさすぎるのではと思うくらいである。たぶんラテン系は女の子の前ではグイグイいくもんだ、みたいなステレオタイプを避けようとして、ウスナビを女性にしつこいと思われたくないイマドキの控えめな若者として描こうとしたのではないかと思うのだが、それにしてもちょっとバネッサが明らかに乗り気なのにウスナビのほうの対応が不審すぎる。ここはもうちょっと自然な感じにしたほうがいいのでは…と思った。

 そういうわけで王子様が挙動不審すぎるというところはあるのだが、全体的には大変よくできたミュージカルだ。バズビー・バークレイやフレッド・アステア、水中レビューなど、古典的なミュージカルナンバーを参考にしていると思われるいろいろなダンスが登場し、撮影もうまくやっていて全く飽きさせない。リン=マニュエル・ミランダもかき氷売りの役で登場する。