中年の危機と男らしさ~『アナザーラウンド』(ネタバレあり)

 トマス・ヴィンターベア監督の新作『アナザーラウンド』を見た。

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 仕事にもやる気が出ず、妻ともイマイチうまくいっていない高校教師のマーティン(マッツ・ミケルセン)は教師仲間でそれぞれ中年の危機に陥っているニコライ(マグナス・ミラン)、トミー(トマス・ボー・ラーセン)、ピーター(ラース・ランゼ)と、常に血中アルコール濃度を0.05%程度に保つのが最適だという仮説を検証すべく、体を張って実験をすることにする。最初のうちは少し酒が入っている状態のほうが仕事が明るくなって仕事ももうまくいき、マーティンは生徒から苦情が入るようなやる気ゼロの授業をしていたのにすっかり生徒に人気のある先生に変身する。しかしながら実験をすすめるうちに酒量が増加して…

 お酒についての映画だが、基本的には中年の危機に関する映画である。最初は飲酒のおかげで中年の危機が解決したかのように見えたのだが、実験をすすめるうちに酒に飲まれるようになって大失敗し、それどころかかなり深刻な結果になってしまう。頭から「お酒はダメ」みたいに否定する映画ではなく、お酒には人生を豊かにしてくれるところもあるが(少しだけお酒が入った生徒が気が大きくなって口述試験をなんとかこなせたというところは笑える)、一方でやっぱり飲み過ぎはヤバいということを描いた作品だ。中年の危機というのはちょっとした小細工で解決できるものではないのに、飲酒が万能解みたいに思ってしまったのが運のツキ…ということをブラックユーモアたっぷりに描写している。

 そしてこの解決方法である飲酒はかなりジェンダー化された解決方法…というか、男性でないと無理な感じのライフハックである。小さな子供がいるような女性や、そもそも授乳中の女性だともちろんいつも酒を飲んでいるなどということはできない。お酒に強いのは男らしいことだというステレオタイプもあるのだろうし、男性のほうが子育てへのコミットメントが少ないということもあるんだろうと思う(デンマークは北欧の中ではジェンダー平等がすすんでいないほうらしい)。家族と過ごしたいと言いつつ飲んでしまうマーティンや、子供がいるのに大失敗してしまうニコライの描写がこのへんの意識のズレをよく示している。デンマークの飲酒文化は日本と違うので(最後に字幕で出るようにそもそも飲酒可能年齢も違う)、日本よりは昼からお酒を飲むことに寛容なのだろうが、それでもこのへんのジェンダー差はわりとわかるなと思って見ていた。

 なお、私は一切、酒を飲まないので、こういう映画はF1とかモトクロスみたいな、やったこともないしやるつもりもない危険なスポーツを鑑賞しているみたいな感じで見ている。マッツを初めとして役者陣の酔っ払い演技も達者で、へえ、酔っ払うとこういう感じになるのか…と思って見ていた。最後のダンスのところなどは忘れられない面白さである。