最後の最後にフツーの人が来る〜『ハングマン』(ネタバレあり)

 マーティン・マクドナーの『ハングマン』日本語初演初日に行ってきた。長塚圭史演出、小川絵梨子翻訳で、既にNTライヴで英語版は見ている。プログラムに私が書いた原稿がのっており、招待で初めて初日乾杯というものにも参加したので緊張した。

 詳しいあらすじについては前回のレビューを見てほしいのだが、時代は60年代はじめから半ば頃まで、舞台はイギリス北部のオールダムである。絞首刑が廃止されるという大きな変化の中、死刑執行人でパブの主人であるハリーと、ロンドンからやって来た見慣れない若い男ムーニーを中心に展開する。実在の人物も出てくるし、実際の事件や人物をモデルにしたところもあるのだが史実ではなく、非常にブラックユーモア溢れるお話だ。

 NTライヴで見たイギリス版とはかなり違った芝居になっていたと思う。イギリス版では左寄りだったパブカウンターが右側になり、パブの入り口が真ん中になっていたのだが、そのせいでけっこう見た目の感触が違う。この、パブの入り口を真ん中にするという美術は、ムーニー(大東駿介)が入ってくるところで非常にうまく機能していた。真ん中からきちっとコートを着たムーニーが入ってくるのが非常に目立つようになっており、また衣類じたいはそんなに大きく他の連中と違うというわけではないのに、ムーニーを演じる大東駿介の身のこなしなどのせいで、話す前から明らかに地元民ではない感じが漂っていた。NT版のムーニーはロンドンのお洒落な若者という感じだったが、こちらのムーニーは洒落てるというよりは抜け目なく仕事で稼いでそうな油断のならない若者という雰囲気だ。一方でムーニーからちょっかいを出されるシャーリー(富田望生)はNT版より幼く、はるかに引っ込み思案な田舎娘という感じで、ムーニーが全く性欲ではなく策略でシャーリーを口説いてる感じがとても邪悪である。

 全体としては台本に誠実にじっくり作る感じの演出で、NT版みたいに派手にブラックユーモアを繰り出すよりは、フツーな中にちょっとクスクスするところがあるという印象だ。とくに最後、アルバート・ピアポイントがやってくるところは、NT版だと非常にわざとらしくて、ピアポイントも目立ちたがりの困ったオッサンなんだろうなぁ…と思わせるところがあったが、日本語版のピアポイント(三上市朗)は死刑執行人という珍しい仕事をしているのにごく真面目な常識人で、ずっとなんか変だった芝居の最後の最後に普通の人が出て来た…みたいな妙な意外性がある。しかしながら、この常識があるピアポイントが何も疑わず訪問をすませたせいで最後の大問題が起こってしまうことになるのがかえって皮肉だ。

 一箇所ちょっと思ったのは、やはり訛りで北と南の区別を明確にするのは日本語ではちょっと難しいということだ。日本語版ではオールダムの人たちは「アイ」が全部「エー」になるようなしゃべり方をしていたのだが、それでも話し方だけではムーニーのよそ者感を醸し出すのはちょっと無理があると思った。このプロダクションではムーニーの存在感がかなり異様で口を開く前からよそ者感があったからよかったのだが、訛りの使い分けというのは日本の舞台ではちょっと課題なのかなという気がした。

 なお、私事で恐縮なのだが、プログラムに掲載した自分の原稿を読み直して、一箇所ひどくわかりにくいところを見つけたのでちょっとだけ補足を…p. 10に書いたベイビーシャムについての解説文の最後で、「オールダムのパブにはそんなものはない」とあるのだが、これ大変読みづらい文章になってると思う。書いた時には、前の文で述べている、洒落たお酒を若い女性が飲むような状況を「そんなもの」で指して、オールダムのパブにはそんな女性のオシャレ飲酒習慣は全然ないという意味で書いたつもりだった…のだが、改めて読み直すと指示語が指してるものが何なのか曖昧で、ベイビーシャム自体がパブに置かれていないという文意にもとれそうに思った。ベイビーシャム自体はハリーのパブにあるので(誰も飲まないみたいだけど)、これはそういう意味ではない。たぶん「そんなお洒落な状況はない」とかなんとかにすべきだった。