神に愛されたアイルランドのしょうもない酔っぱらい~『シェイン 世界が愛する厄介者のうた』

 『シェイン 世界が愛する厄介者のうた』を見てきた。ポーグスのフロントマンであるシェイン・マガウアンのキャリアについてのドキュメンタリーである。監督は音楽映画の専門家とも言えるジュリアン・テンプルで、最近裁判が終わったばかりのジョニー・デップが製作にかかわっている。

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 基本的には60過ぎのシェインがいろいろな人と飲みながら話すところに昔のフッテージとナレーション、たまに再現アニメなどを用いてそのキャリアを回想するというものである。この話相手がすごくて、妻であるジャーナリストのヴィクトリア・クラークの他、シン・フェイン党の元党首ジェリー・アダムズ、シェインと同じくアルコール依存症だったジョニー・デッププライマル・スクリームボビー・ギレスピー、ポーグスに関する本を書いたジャーナリストのアン・スキャンロンなどである。シェインは愛国的なアイルランド人(ロンドン育ちだが)で、途中でIRAに入る勇気がなくて音楽をやっていたと言っていたくらいなのでアダムズが出てくるのは別におかしくはないのだが、シェインとアダムズが並ぶとまるで年老いたチンピラと堅気のブロマンスみたいである。

 この映画はシェインが酒と薬のせいでかなり弱っている様子を包み隠さず見せている。ケガをきっかけに歩けなくなって車椅子に乗っているし、昔から歯が悪くてもう自前の歯は残っていない。それだけならまだいいのだが、本人は音楽をやりたいが作曲する気力が無いみたいなことも言っており、傍目からも心配になるくらい体力じたいが落ちているように見える。ユーモアのセンスは健在なのだが、身体のほうは年齢に比べても具合が悪そうだ。若い頃にさんざん身体に悪いことをしまくったのにいまだに元気満々で実に颯爽としているイギー・ポップキース・リチャーズなどはやっぱり特殊事例なんだな…と思った。しかしながらシェインはそんなに具合が悪そうなのにやっぱりお酒はやめられないみたいだし、人生を楽しむには酒が必要だと思っている。

 この映画は、若い頃から過激で、ユーモアは溢れているがある意味ではたいへん真面目な性格だったシェインが今、みんなに尊敬される偉大なミュージシャンでありつつ、すごく体調不良でアルコール問題を抱えたおじちゃまになった様子を、敬意をこめつつ理想化せずに描いたものである。シェインは若い頃から自分の祖国とかアイルランドの音楽的伝統とかカトリックの信仰とかをとても真剣に考えていたのだが、一方ではロンドンになじめずアイルランド人としていじめられたりすることを苦にしていて、そういう鬱屈が70年代のパンクの時代以降に音楽的才能と結びついて花開いた。しかしながらけっこう家族がみんな破天荒な感じの人たちだったのもあり(子ども時代にアイルランドのティペラリで周りの大人からお酒やらタバコやらを教えられたらしいし、ロンドンの両親も息子が外でドラッグをやるより家でやったほうがマシと考えていたそうだ)、お酒やドラッグの依存症がかなり悪化して何度か病院に入っている。この映画はそういうシェインの波瀾万丈の人生を、説教臭くもならず、理想化もせず、そういう人生があるからシェインの楽曲もあるんだというようなタッチで描いている。

 全体的にこの映画は宗教的な映画でもある。最初にアニメで、シェインは小さい時に神様からアイルランドの音楽を守る召命を受けた…みたいなユーモラスなほのめかしが行われるのだが、シェインは教条主義的ではないがかなり敬虔なカトリックで、子どもの時は神父になりたかったらしい。全体的にこの映画に出てくるシェインは、音楽の神様に愛されたが他のプレゼントはもらえなかったおどけた聖人みたいに見えるところがある。