起業大好きPTA~『リコリス・ピザ』(試写、ネタバレ多数)

 ポール・トーマス・アンダーソンの新作『リコリス・ピザ』を試写で見てきた。なお、リコリスもピザも出てこない(タイトルはレコード店の名前からとっているらしい)。

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 舞台は70年代のサンフェルナンド・バレーで、15歳の子役でティーンなのにビジネスマンでもあるゲイリー(クーパー・ホフマン)が、写真撮影のアシスタントをしている25歳のアラナ(アラナ・ハイム)に出会い、恋をするところから始まる。ゲイリーは新しく始めたウォーターベッド販売業のパートナーとしてアラナを雇い、2人は商売に精を出す。一方でアラナは役者としてオーディションを受け始めるが…

 たぶんこの映画はボーイ・ミーツ・ガールのノスタルジックなロマコメですよ…というところが売りで、まあほとんどの観客はそこが楽しいのだろうと思うが、私はこのロマンスのプロットが個人的に全然面白いと思えなかった。ゲイリーはまだ15歳なのに既にれっきとした起業家で、映画に出る一方、母親と一緒にレストランのPR業を営み、これから流行りそうなウォーターベッド屋を立ち上げ、オイルショックでビニールが入手できなくなってウォーターベッド屋がうまくいかなくなると今度は解禁されたばかりのピンボールハウスを始める…というたくましい若者である。モデルになったプロデューサーのゲイリー・ゴーツマンは実際に子役でさらに十代でウォーターベッドビジネスとピンボールハウスをやってたそうで(途中で出てくる配達の話も実話にヒントを得ているらしい)、ということは70年代にはこれは実際に可能だったのだろうが(50年も前なので今より早く働き始める若者も多かったのだろう)、そうは言っても15歳でいっぱしのビジネスマンらしく振る舞い、オシャレな行きつけの店(自分がPRを手掛けているのでお店ではVIP扱い)まで持っているゲイリーは今の視点で見るとなんかミドルクラスの起業家精神溢れるウザい奴にも見えてしまう(PTAの作品にはやたら起業家が出てくるので、たぶん人の下では働けないようなヤツの映画を作りたいだろうと思う)。このティーンなのに一人前の起業家でビジネスのボスであるゲイリーが、25歳なのにあまり自立できていなくてゲイリーのところで働くことになるアラナを口説くというねじれがダイナミックなのだが(年齢の点では大人のアラナがゲイリーより明らかに優位なのだが、職場ではパートナーと言ってもゲイリーがボスでアラナは部下に近い)、やはり年齢が離れすぎている…上に、終わり方が(これ以降完全なネタバレ)ゲイ男性にフられて10歳年下の男に走るとか、この女だいじょうぶか…と思ってしまうような感じで、個人的には全く面白いと思えなかった。とくにこの終盤におけるクローゼットな同性愛の導入は、異性愛のプロットを進めるためだけに導入されているみたいであまり感心しない(登場しているジョエル・ワックスは実在のゲイの政治家で、さらにそれを『アンカット・ジェム』の監督のひとりであるベニー・サフディが演じており、面白い展開ではあるのだが)。

 そういうわけで本筋は全く面白いと思わなかったのだが、一方でショーン・ペン演じる俳優のジャック・ホールデン(これはモデルがいるがいちおう架空)とトム・ウェイツ演じるその友達レックス・ブラウが出てくるところや、ブラッドリー・クーパー演じるジョン・ピーターズ(実在の人物)が出てくるところはめちゃくちゃ面白い(正直、ショーン・ペントム・ウェイツブラッドリー・クーパーにひたすら暴れてもらうだけの映画のほうが私は好きかもしれない)。また、PTAらしい魅力的な撮影は健在で、ピーターズの家にウォーターベッドを運ぶためトラックの準備をする場面の最初は何が映っているのかわからないような不思議な構図とか(この構図はピーターズの登場する不条理暴力コメディみたいなシークエンスのトーンを決めるものになっている)、逆光の使い方とか、映像的には非常に魅力がある。