そもそもプロムを粉砕したいという気持ち~『ザ・プロム』

 『ザ・プロム』をNetflixで見た。

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 インディアナ州の地方都市エッジウォーターで、レズビアンの高校生エマ(ジョー・エレン・ペルマン)がプロムに参加したいと考えたせいでプロムじたいが中止されそうになるという事件が起こる。このニュースを聞いたブロードウェイの落ち目の俳優4人が宣伝のため、エマを支援するという名目でエッジウォーターに入る。売名目的だった4人だが、だんだんエマのために親身になってしまい…

 ホリデー気分で見るミュージカルとしては非常にそつなく作られている作品である。いかにもゲイアイコンっぽいミュージカルスターのディーディー(メリル・ストリープ)、キャンプで人の良いゲイのミュージカルスターであるバリー(ジェームズ・コーデン)、『シカゴ』のロキシー役を狙っているアンジーニコール・キッドマン)など、歌も演技も達者な役者陣がアクの強いキャラを演じで盛り上げてくれるのだが、落とし方はちゃんとレズビアンの高校生であるエマの物語になる(ただ、やっぱりこの大人陣のキャラが強烈すぎて、本来視点人物であるべき当事者のエマが薄くなってしまうのはちょっと…という気もするが)。めちゃめちゃ不愉快な感じだったブロードウェイの業界人たちがだんだんほだされて成長していく過程と、エマの成長が重ね合わされる。『グリー』とか『シカゴ』とか『ハイスクール・ミュージカル』とか、いろいろと過去作に引っかけてミュージカル好きの心をくすぐるあたりもうまい。

 ただ、見ているほうとしては「そもそもプロムを粉砕すべきなのでは」と思う気持ちが拭えなかった。そういうふうに見るべき映画ではないことはわかってはいるのだが、やっぱり異性愛中心主義とカップル文化の巣窟であるプロムじたいが悪いのではと思ってしまう。たしかにセクシュアルマイノリティの子供たちがプロムみたいなイベントに参加できるというのはアメリカでは極めて重要なことなのだろうと思うし、こういう映画にエンパワーメントのメッセージがあることもわかってはいるのだが、心情的には私の中の反社会的かつ非社交的な高校生が「プロムを粉砕せよ!」と叫ぶのを止められない。そろそろ、アメリカの奇祭であるプロムを完全粉砕しようとする高校生が大成功する様子が肯定的に描かれる作品とかも作られるべきだと思う。

 一点、この手の映画としては変わっているというかものすごく面白いかもしれないと思ったのが、キーガン=マイケル・キー演じるホーキンズ校長とメリル演じるディーディーとのロマンスである。ホーキンズ校長はストレートの黒人男性なのだが大変なミュージカル好きで、途中でディーディーからも言われるように、みんなが「ミュージカルのファン」としてあまり想像しないタイプの人である。このステレオタイプに反したミュージカルファンであるホーキンズ校長先生がミュージカルの素晴らしさを語る場面はえらくリアルで、ここは観劇好きなら頷いてしまう説得力があった。そんなホーキンズが長年ファンだったディーディーと恋に落ちてしまうあたりは、20歳くらい年が違うスターとそれに憧れていたオタクが付き合うのはどう考えても危険だろと突っ込みたくなる一方、なんかもうメリルとキーだから何でもありなのでは…という気もしてくる。とくにディーディーが校長室で歌い踊る場面は頭がクラクラしてきて、もう全てをメリル・ストリープに任せてしまえばいいのでは…と思ってしまった。