「いや、それはこうしたほうが」面白い映画だか、仕事柄見ていて邪念が…『アメリカン・アニマルズ』(ネタバレあり)

 『アメリカン・アニマルズ』を見てきた。

 

www.youtube.com

 ケンタッキーのトランシルヴァニア大学で実際に起こった特別コレクション盗難事件を題材にしたもので、実在の犯人たちも登場する。犯人同士で記憶が食い違っているところなどもちゃんと描かれていて、リアルさで言えばかなりリアル…というか、人間の記憶のあてにならなさまで含めて描いているという点で現実に即した作品である。

 

 主人公はぱっとしないトランシルヴァニア大学のアート専攻の学生、スペンサー(バリー・コーガン)だ。スペンサーは唯一の親友で問題児であり、スポーツ奨学金でケンタッキー大に進学したウォーレン(エヴァン・ピーターズ)とつるんでいる。ある日、スペンサーはトランシルヴァニア大学図書館の貴重書コレクションにあるオーデュボンの大型本『アメリカの鳥類』に惹かれ、これがすごい値段の稀覯書であることを知る。スペンサーとウォーレンはこの本を盗むことを考え始めるが…

 

 いわゆるスカっとする犯罪映画ではなく、ぱっとしない日常に対する焦りゆえに盗みに手を出していく若者たちのしょうもない転落をオフビートかつブラックユーモアまじりに描いた、非常にビターな青春映画である。スリル目的に素人が始めた計画なので、当然ぐだぐだになって最後は逮捕で終わる。全体的には『ブリングリング』を痛く、かついたたまれない感じにしたみたいな話なのだが、若者たちの不安や焦りがとても上手に描かれているため、全然飽きずに最後まで見られる(なお、ベクデル・テストはパスしない)。

 

 …ということで、大変面白い青春映画なのだが、個人的に仕事柄、見ていていろいろ気になって邪念が入ってしまった。オーデュボン『アメリカの鳥類』の日本語版ウィキペディア記事を立てたのは私なのだが(現物を触ったことはないが、見たことは複数回ある)、これはたいへん貴重な本で、グーテンベルク聖書やシェイクスピアのファースト・フォリオと並んで印刷本としては最も高額で取引されるものだ。そして私は博士論文の調査をしている時、映画に出てくる特別閲覧室みたいなところにほぼ毎日に近い頻度で通っていたことがある。さらに大学に就職する前は稀覯書専門の古書店につとめていた。この映画は別に上手な盗みを描く映画ではない…というか、むしろ逆のことを描こうとしている映画なのはよくわかるのだが、この手の特別閲覧室に足繁く専門調査で通った経験がある者としては、「いやそれはこうしたほうがうまく盗める」みたいな意見がどうしてもたくさん浮かんでしまい、なかなか邪念を払って見ることができなかった。いやだいたいそもそも『アメリカの鳥類』みたいなデカい本を盗むのが間違ってるとか、どうしても盗むなら一般公開イベントの時とかにすべきだとか、売るときは1枚1枚切り離して足が付かないよう額装したほうがいいとか、今まで自分が特別閲覧室で研究をしていた時には考えたこともなかったようなヤバい考えがたくさん浮かんでなかなか落ち着かなかった…