人文リテラシーも必要だよね~『Winny』(試写、ネタバレ注意)

 松本優作監督『Winny』を試写で見た。言わずと知れたWinny事件の映画化である。

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 2002年、東京大学で働いているIT開発研究者の金子勇東出昌大)は、自ら作ったファイル共有ソフトWinny2ちゃんねるでシェアしたところ、Winnyは爆発的に広まり、著作権侵害ファイルのシェアなどに使われるようになる。違法シェアで逮捕者が出る騒ぎになり、さらには開発者である金子自身が逮捕されてしまう。実際に違法行為を行った者だけではなく、ツール開発をした金子が逮捕されたことに衝撃を受けたサイバー犯罪専門家の弁護士である壇俊光三浦貴大)は、弁護団に入って金子を守ろうとするが…

 全体的にはかなりしっかりした法廷もので、単なるメンツやらなんやらくだらない理由で技術開発を阻害する警察の腐敗や、被疑者の人権を守らない不適切な取り調べなどをきっちり描いた政治的な作品である。Winny事件と並行して仙波敏郎(吉岡秀隆)による警察裏金問題の告発を関連した問題として描いており、このおかげで日本の警察の問題点を総合的に批判する、けっこう奥行きのある作品になっている。映画だから盛っているところもあるだろうとは思うが、既にお亡くなりになった金子勇がこんな不当な目にあっていたのかと思うと、自由で無料の情報シェアを掲げているウィキペディアで活動している者としては憤りにかられざるを得ない(いまだに日本政府はフェアユースも認めていないし…)。

 一方でちょっと面白い…というかリアルなのは、金子勇を美化せず、かなり浮世離れしたギークとして描いているところである(演じているのがもともとなんか浮世離れした感じのある東出昌大だし、実際の人柄に比べて何か脚色はあるのかもしれないと思うが)。才能豊かだし良い人なのだが、発達障害があって相当にソーシャルスキルが低い私でもこれは大変だろうと思うくらい、この映画に出てくる金子勇ソーシャルスキルが低い。自分でも言っているが、本作の金子は文章を書いたりするのは全くできないし、お姉さん(吉田羊)以外に助けになる友達とかも全然出てこなくて、ITコミュニティで尊敬はされているが親しい人がとても少ないように見える。この手のギークでも科学コミュニケーション技能みたいなのはそこそこあり、自分がやっていることを他人にわかりやすく伝えるのはできるという人はいなくはないのだが、この映画の金子はそれも全くできない。さらにちょっとびっくりしたのは、金子は東大で働いているような優秀な研究者なのに、文書にサインしてしまったら後でヤバくなるという感覚が全然ないらしいことである。たぶん人文系や法学系の研究者だと、文書で出てきたものは後で覆せないということをたたき込まれるので最初の段階でああいう対応をしないのではないかと思うし、圧力に負けてやってしまった場合は弁護士に早い段階で「無理矢理サインさせられた」という相談をするのではないかと思うのだが、金子はそういうこともけっこう後になるまで弁護団に相談しなかったので、弁護団からちょっと呆れられている。この映画を見ていて、科学系の研究者にも「文書にほいほいサインをしてはいけない」とか「文書で出されたら終わりだと思え」みたいな人文リテラシーをちゃんと教育したほうがいいのではと思ってしまった。ただ、そういうソーシャルスキルが著しく低い研究者を、美化もしなければバカにするのでもなく、「そういう人いるよね」みたいに描いているのはこの映画のよいところだと思う(たしかにそういう研究者はいなくはない)。

 全体的にはわりとよくできた映画だと思うのだが、一方でジェンダー観は相当に古い。弁護団のアシスタントが女性で、この女性が驚くほどものを知らない…というか、何かお客さんが知らないかもしれないことを先輩弁護士が言うたびに「え、それ何ですかー?」みたいに聞く役割を振られており、賢い先輩男性がものを知らない若い女性に何かを教えるという描写がたくさんあって、まあ著しくジェンダーステレオタイプにのっとった描き方である。また、これは事実に基づいているのかもしれないが、偏食気味の金子に対して壇が「あなたの結婚相手は大変ですね」みたいなことをさらっと言うのもずいぶん古臭いセリフで、こんなん要るのかな…と思った。