ジャネットの元カレと本屋さん~『アントマン&ワスプ:クアントマニア』

 『アントマン&ワスプ:クアントマニア』を見てきた。

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 スコット(ポール・ラッド)の娘キャシー(キャスリン・ニュートン)が量子世界と交信できる機械を開発した結果、ピム一家全員が量子世界に吸い込まれてしまう。量子世界に長く住んでいたジャネット(ミシェル・ファイファー)は経験を生かして全員を助けようとするが、実はジャネットにはいろいろ隠していたことがあり、量子世界でいろいろ画策していた征服者カーン(ジョナサン・メジャース)とも因縁があった。カーンはピム粒子を目的にピム一家を狙うが…

 全体的にはあまりまとまりのない話…というか、娘思いのスコットがキャシーがやらかしたことの後始末をし、父娘ともども成長するみたいなストーリーと、ジャネットが昔やらかしたことの後始末が両方描かれていて、あんまりバランスが良くない。やたらサイケデリックスター・ウォーズっぽくもあるヴィジュアルとか(『リンクル・イン・タイム』にもやや似てる気がする)、終盤でスコットが大量に現れて全員で本当に蟻みたいな動きをするところとかはちょっと見た目として面白いのだが、今まで出てきた量子世界の設定に比べるとやや一貫性がないように見えるところもある。あと、枝葉をカットしてすっきりさせないといけないので人気キャラのルイス(マイケル・ペーニャ)を出さなかったらしいのだが、全然すっきりしていないのは問題だと思う。ルイスはやたら回りくどい異常にディテールが詰め込まれた話し方が面白いキャラなのだが(行動様式がADHDっぽくて発達障害がある観客に人気があるらしい)、そういう枝葉を象徴するようなキャラをカットしたことでかえってまとまりがない感じになったというのは皮肉なことである。ルイスが出ない点は私が見た批評では概ね極めて不評なので、たぶん観客の大部分はルイスがアントマンシリーズ独特の庶民的でサンフランシスコのご当地ものっぽいトーンを象徴する脇役だと思っていたのだろうと思う。

 全く個人的な趣味なのだが、ジャネットの量子世界でのかつての人間関係があんまりうまく使われていないのは残念だった。ミシェル・ファイファーは相変わらず輝くばかりに美しく、サイケデリックな量子世界で活躍する様子はおばちゃまになったバーバレラとでもいったようなチャーミングさである。そんなジャネットについて、本作では元カレとしてクライラー(ビル・マーリー)がちょっと出てくるのにあまり活用されていない。ジャネットに量子世界での30年間に彼氏がいたことが発覚し、相手のクライラーがイヤな奴だったので娘のホープエヴァンジェリン・リリー)がびっくりして、夫のヘンリー(マイケル・ダグラス)も妻の行方不明中に何度かデートしていたことを打ち明ける流れはけっこう面白いのだが、それ以降あまりこの展開が生かされていない(ビル・マーリーはめちゃくちゃ一緒に仕事をしにくい困った人だそうで、クライラーもそういう感じの人でちょっと笑ってしまったのだが)。ジャネットと征服者カーンもわりと親しかったという因縁があるので、カーンがジャネットに対して感情的な執着心を見せるようなところがあったらもう少し大人のお話になった気がするのだが、この2人の関係はなんか研究倫理でケンカになった学者同士みたいな感じでけっこうあっさりした描き方になってしまっている。せっかくジョナサン・メジャーズがけっこう可愛い…というかカーンが悪役のくせにしおらしい悲しそうな表情を見せるので、クライラーとカーンを活用して「ジャネットが量子世界でセクシーすぎたせいで未練たらたらの元カレどもが大暴れ」みたいなアホっぽいロマコメ風味の話にしてしまえばもっと楽しかったのではと思うのだが(ミッドクレジットはジャネットの元カレの人間関係についてルイスに説明してもらおう)、基本的には父娘の話で、ジャネットが昔しでかしてしまったことについてはあんまりきちんとした掘り下げがない。

 あと、個人的にひとつ非常に気になったのが、冒頭でスコットが自分の回想録を朗読するイベントをやっていた本屋である。明らかに独立系のこだわりのある本屋で、まあスコットはそういうところでイベントやるだろうな…と思ったのだが、調べてみたところ、地元のシティライツ書店という有名な本屋だそうだ(この本屋のセットをわざわざ作ったらしい)。本作はこの本屋さん以外はあんまりサンフランシスコのご当地映画っぽい要素がなく、そこは寂しいところだ。