で、チャーリーは『白鯨』の何が好きなの?~『ザ・ホエール』(ネタバレあり)

 ダーレン・アロノフスキー監督『ザ・ホエール』を見てきた。

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 アメリカ文学の教員であるチャーリー(ブレンダン・フレイザー)はとある悲惨な出来事以来、過食になって肥満を煩い、体を壊していた。親友である看護師のリズ(ホン・チャウ)にはこのままだと週末までには死ぬと言われる。チャーリーは離婚以来会っていない娘エリー(セイディー・シンク)と連絡をとり、父娘関係を修復したいと考える。一方、ひょんなことからチャーリーと知り合いになった若い宣教師のトーマス(タイ・シンプキンス)はチャーリーの助けになろうとする。

 ほとんどチャーリーの部屋から出ない舞台劇的な構成で(原作も戯曲である)、そういう動きのない作品をきちんと緊張感たっぷりに保たせるフレイザーの演技は凄いし、他のキャストの演技もおおむね良い。とくに、マジカルアジア人みたいな感じでかいがいしくチャーリーの面倒を見るリズは何なんだ…と思ったら途中で2人の関係が明らかになるあたりはなかなか展開として上手である。私が大嫌いなアロノフスキーの前の作品『ブラック・スワン』に比べればけっこうマシな作品だ。

 とはいえ、いろいろあまり良いと思えないところがあった。まず、これは既にいろいろなレビューで指摘されていることだが、太っていることの描き方がとにかく徹頭徹尾ネガティヴである。全体的に、太っているというのは本人のメンタルヘルスに問題があるのであり、病気である、という描き方になっている。たしかにそういう人もいるだろうとは思うのだが、それにしてもチャーリーがドカ食いする場面の描写などがちょっとグロテスクすぎると思う。たとえばアルコール依存症を描いた映画とかでこんなにグロテスクに描写するかな…というような気もするし、このへんは『ブラック・スワン』にもあった、メンタルヘルスの問題をやたらとセンセーショナルに描きがちなアロノフスキー節なのかもしれない。

 あと、私が職業的なところで気になったのは、アメ文研究者であるはずのチャーリーが『白鯨』の何を愛しているのかイマイチよくわからなかった、ということである。私にはアメリカ文学の素養が全くなく、また正直『白鯨』をそんなに面白いと思ったことがないので、そのへんでピンとこなかったのかもしれず、アメ文の専門家が見たら「これは!」と思うのかもしれないが、私は正直、これ最後に文学とかどうでも良くなってないか…と思った。まず、終盤でトーマスがチャーリーのかつての恋人アランが読んでいた聖書について書き込み読解的なことをやり、その分析からかなりひどいことを言う場面があるのだが、そのへんからこの映画ではどんどんテクスト解釈というものにネガティヴな意味がのせられていく。チャーリーが、「もうエッセイとかどうでもいいからとにかく正直に自分のことを賭け」と学生全員にメールしてぶちまけるところや、エリーの正直そんなに出来が良いとは思えない『白鯨』のレポートをチャーリーがやたら大事にしているところなど、この話の結論としてはもう『白鯨』というテクスト自体の面白さとか美しさ、力とかはどっかに行ってしまって、登場人物の人生や思い出だけが問題になってきているように思う。『ブラック・スワン』もいったいこいつらはバレエの何に魅力を感じているのかあんまりよくわからないな…と思ったところがあったのだが、本作もそう思った。