ホロコーストの後も終わらない不平等~『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』(試写)

 オリヴィエ・ダアン監督『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』を試写で見た。フランスの政治家シモーヌ・ヴェイユの伝記映画である。

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 ユダヤ人家庭の娘として生まれたシモーヌ(エルザ・ジルベルスタイン、少女時代はレベッカ・マルデール)は少女時代にアウシュヴィッツに送られ、家族を失って苦労しつつもなんとか生還する。若いうちにアントワーヌ(オリヴィエ・グルメ)と結婚するが、世間は法律を志す若い女性には冷たい。そんな中でシモーヌはさまざまな人権問題に対峙し、戦っていく。

 アウシュヴィッツを生きのびたシモーヌが、その後の人生で憎悪や人権侵害の兆しを嗅ぎ取るたびに徹底的に戦うようになる様子を描いている。ホロコーストの場面がけっこう強烈なのだが、これはシモーヌの戦う人生にいかにホロコーストが影響を与えたかということ、そしてちょっとした人権侵害や憎悪であっても放置しておくとホロコーストのようなものにつながってしまうことを示すための描写だと思う。シモーヌアウシュヴィッツを生きのびた後、ホロコースト被害者の救済事業はもちろん、中絶合法化をはじめとする女性の人権やHIV感染者の人権、アルジェリアの反仏活動家に対する虐待問題への取り組み、刑務所の環境改善などに尽力する。これはそういう人権侵害や憎悪、虐げられた人の暮らしに対する無関心をそのままにしておくのがホロコーストの種…と言っては大げさかもしれないが、より大きな残虐行為につながる可能性を孕んでいるからだ。アルジェリアの女性活動家に対する虐待や刑務所の陰惨な環境などは、状況は違ってもおそらくシモーヌアウシュヴィッツを想起しているのだろう…とにおわせるような形で描かれている。中絶合法化運動なども、アウシュヴィッツで女性がまともな医療を受けられずに死んでいくのを見た経験とおそらくつなげられている。

 政治家の人生をしっかり描いた骨太な作品だが、一箇所ちょっと気になったのは、こんなに時系列をバラバラにする必要はあるのかな…ということだ。けっこう時系列が直線的でないのだが、この作品は世間の女性の人権に対する態度が移り変わっていく様子を描いているので、その変遷を描くにはもうちょっとストレートな時系列にしたほうがいいような気もした。とくに最初は妻の法律職に対する野心をあり得ないものとして受け取っていたアントワーヌが協力的になるところについては、時系列通りに素直に変化を描いたほうがいいのではと思った。