認識票を持ったまま駆け落ちする恋人は…『ハンガー・ゲーム0』(試写、ネタバレあり)

 『ハンガー・ゲーム0』を試写で見てきた。人間狩りディストピアものである『ハンガー・ゲーム』シリーズのプリークェルで、メインシリーズではドナルド・サザーランドがやっていたコリオレーナス・スノー大統領の若き日を描いた作品である。

www.youtube.com

 名門スノー一家の息子で、野心はあるが貧しいコリオレーナス(トム・ブライス)は出世を目指し、アカデミーで優秀な成績を収めていた。アカデミーの優秀者が第10回ハンガー・ゲームの記念企画として出場者の教育係を務めることになる。奨学金が喉から手が出るほど欲しいコリオレーナスは、第12地区から出場することになった歌姫ルーシー・グレイ(レイチェル・ゼグラー)の教育係になり、ルーシーの人気を獲得すべく奔走する。

 前半は学園もの、後半は軍隊ものでかなりトーンが違って詰め込み過ぎの感もあるとか、いくらなんでもルーシーが第12地区の田舎のドサ回りの歌手にしては洗練されすぎていてしかも可愛いので最初からスターにしか見えないとか(もっとブルーグラスとかブルース系の垢抜けない歌手に設定した方がリアルなのでは…)、いろいろツッコミたいところはあるのだが、ヴィジュアルとか連続性とかはかなり本編の『ハンガー・ゲーム』シリーズと統一感があり、話も起伏があってけっこう面白い。若い頃のコリオレーナス・スノーはこんなことを経てああなったのか…と思えるので、プリークェルとしてはなかなかよくできているほうではないかと思った。本編との継続性の問題点としては、この映画に出てくる第10回ハンガー・ゲームでは顔認識ドローンで支援物資を出場者に届けるのが可能という設定があり、そんな設定、本編(時系列的にはこっちが後なので技術的には可能なはず)になかったぞ…と思ったものの、この顔認識ドローンをコリオレーナスが武器みたいに悪用してゲームに介入するので、まあおそらく第10回の悪用を経てその後は禁止されたのであろうと解釈した。

 一番感心したのは衣装で、けっこう細かいところまで気を遣っている。『ハンガー・ゲーム』新企画の背後に控えているヴォラムニア・ゴール博士(ヴァイオラ・デイヴィス)がとんでもない衣装をとっかえひっかえ着て出てくるのだが、研究者とは思えないような非実用的な派手さと不気味さで、マッドサイエンティストでこういう方向性の衣装を着せるのもアリか…とそこはかなり新鮮だった(ヴァイオラ・デイヴィスはDCでもパワハラクズ上司みたいな役で、そういう役ばかりなのはちょっと気になるところだが、とにかく衣装がすごいので目を奪われてしまった)。また、軍人として辺境に赴任したコリオレーナスがルーシーと駆け落ちするところで、コリオレーナスが認識票を首にぶら下げたまま逃亡しているところは芸が細かくていいと思った。本気で逃げるつもりなら認識票は途中ですぐ捨てるはずなので(誰かに見られたら軍人だとバレる)、首にぶら下げたまま逃げているというのは、今後もずっと恋人と一緒に暮らしていくという覚悟がまだ決まっていないことを暗示しており、結局そのとおりになって2人はわりと悲惨な形で別れる。