とても面白いが、原作とは別物のスチームパンクコメディ~『哀れなるものたち』(試写)

 ヨルゴス・ランティモス監督『哀れなるものたち』を見てきた。アラスター・グレイの同名小説の映画化である。

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 ロンドンに住む医者のゴッドウィン(ウィレム・デフォー)は自殺した若い妊婦の身体に胎児の脳を移植し、ベラ(エマ・ストーン)を作り出す。最初は全くの子どもだったベラは急速に成長し、ゴッドウィンの学生であるマックス(ラミー・ユセフ)と婚約するが、結婚前に弁護士のダンカン(マーク・ラファロ)と駆け落ちしてしまう。ベラはその後、波乱に満ちた暮らしをするが…

 全体的にはなんちゃってヴィクトリア朝みたいな時代を舞台にしたスチームパンクダークコメディである。とにかくベラを演じるエマ・ストーンの演技がすごく、『フランケンシュタイン』的な形で男性医師に創られながら被造物としての従属することなく、人間社会の決まりにとらわれずに自由奔放に生きるベラはとても魅力的である。ランティモスは『女王陛下のお気に入り』でもわざと全く時代考証をしないダンスをやっていたが、この映画でもリスボンの場面で全然ヴィクトリア朝っぽくないダンスを撮っており、ベラがいかにも人造人間っぽいぎくしゃくした動きでダイナミックに踊るところがとても楽しい。ラストはかなり残酷なひねりがある。

 とても面白い映画なのだが、原作とはけっこう別物…というか、個人的には原作のほうがいいと思うところもある。原作はグラスゴーが舞台でかなり地方色が強い。グラスゴーは歴史もあるチャーミングな街で、マッキントッシュゆかりの美しい建築物や名門大学、大きな博物館などを抱えているのだが、一方で貧しくて極端に平均寿命が短い地域がある。そういうところで変なお医者さんがひっそりと自殺者の遺体を使って人造人間を創ろうとしている…というのはなんかいかにもありそうな感じがするし、小説では地元の機関や地名などがたくさん出てきてけっこうリアルな色合いを添えている。ところが映画版は舞台がロンドンで、しかもなんちゃってヴィクトリアンという感じで完全にファンタジーの世界なので地元に根ざしたリアリティは無い。さらに原作はヒロインが医者になる話にもっとページが割かれていて、最後にそれに関連するどんでん返し…というかひねりがあるのだが、この映画はあまりそのへんは深く描いておらず、ベラが売春宿で働くくだりを面白おかしく描く場面が長い。これはたぶんもともとランティモスが意外とセックスコメディ的な話を得意としているせいだと思うのだが、医者に創られた人が医者になるという展開が省略気味なのはちょっと残念だ。