すごくよくできた映画だが、2箇所だけ疑問が…『カラーパープル』(試写)

 『カラーパープル』を試写で見た。アリス・ウォーカー(最近、ヤバい陰謀論とかにハマってしまって個人的には非常に悲しいのだが…)の小説のミュージカル版の映画化である。既に1985年にスピルバーグが一度映画化している(この旧作はミュージカルではない)。

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 20世紀初め頃ヒロインであるセリー(ファンテイジア・バリーノ)が父による性的虐待や夫であるミスター(コールマン・ドミンゴ)の暴力といった苛酷な暮らしに耐えつつ、生き別れになった妹ネティ(ハリー・ベイリー)や自分の子どもたちとの再会を祈って生き抜く様子を描いた作品である。苦労ばかりしていたセリーだったが、途中でミスターの恋人だった歌手シュグ(タラジ・P・ヘンソン)に恋をし、一緒にメンフィスに行くことになる。さらにセリーは得意の裁縫を生かして洋裁店で身を立てることもでき、最後は家族と再会してハッピーエンドである。

 冒頭のセリーとネティの子ども時代から、歌も踊りもダイナミックで目を奪われてしまう。大変暗くてつらい話なのだがあまり絶望的にならないよう明るめに作ってある。原作のあまりにもえぐいエピソードなどはカットされていて、人種差別や貧困にまみれた社会を批判しつつ、その中で耐え抜いたアメリカにおける黒人女性のさまざまな生き方に敬意を払う作品になっている。

 うまいと思うのは、序盤から黒人社会における女性差別を描く一方、中盤でその上にさらにのしかかる白人から黒人への差別を描写することで、差別の積み重ねや交錯をわかりやすく示しているところだ。最初のほうではセリーやネティを通して、黒人社会の中で女性がどんなにキツい立場に置かれているかを描く一方、その中ではとても強くてセクシーで男たちに踏みつけにされることなく幸せに暮らしていて、ある意味では「勝ち組」とも言えるソフィア(ダニエル・ブルックス)を魅力的に提示している。ところがそんな力強いソフィアも、白人社会と接触すると途端にその力を奪われてしまう。ここの展開を通して、黒人社会が悲惨な状態に置かれているのはそもそも白人からの差別に起因するものであるということをスマートに見せている。最後にソフィアがちゃんと復活するところのダニエル・ブルックスの笑いの表情などもとても良い。

 全体的にすごく面白かったのだが、2点だけかなり不満がある。ひとつめはシュグとセリーのロマンス描写が思ったよりも控え目であることである。以前レビューで書いたことがあるのだが、原作ではこの2人のロマンスはかなり情熱的な大人の恋愛であるものの、1985年の映画化では描写が少なく、なんかやたらほのぼのしている。今回はもっとちゃんとやるだろう…と思っていたのだが、期待したほどでもなかった。たしかにセリーがシュグに惹かれている心理描写や、シュグとの恋愛のおかげでセリーが励まされる様子などははっきりしているのだが、ミュージカルであるせいでラブシーンに歌や踊りが入ることもあってかなり抽象的な表現になっており、思ったよりは抑えめだ。2020年代なんだから、もっとレズビアンロマンスをセリーの人生の中でものすごく大きな意味があるものとして作品の中核に持って来られるはずでは…と思って見ていた。

 もうひとつちょっと不満があったのは色彩設計と花の使い方である。タイトルが『カラーパープル』なのだが、紫色があんまり色彩設計で重要な位置を占めていないように思うし、お花そのものもそんなに出てこない。紫色は赤と青がまじったちょっと複雑な色で、この作品においては人生の複雑さを受け入れることを象徴しているのではないかと思うので、個人的にはそこが物足りない。紫色の花が出てくるのも中盤ちょっとだけで、最後のクライマックスは木が画面設計の中心になっており、歌詞には出てくるのに紫色の花々が全然うつらない。最後はもっとちゃんと紫色の花々の生命力を映して終わったほうが、歌との整合的についても良くなると思う。