ウルフの『オーランドー』を現実にひきつけるドキュメンタリー~Orlando, My Political Biography

 Orlando, My Political Biographyを見てきた。パウル・B・プレシアード監督によるドキュメンタリー…というか原作がヴァージニア・ウルフの『オーランドー』なので、厳密に言うとドキュメンタリーとは言いにくそうなところもある。

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 わりと内容が説明にくい話なのだが、男性から女性に変わって何百年も生きるオーランドーを主人公にしたファンタジー小説『オーランドー』をトランスジェンダーやノンバイナリの人みんなの象徴的な伝記として捉え、足りないところや現代と違うところなどをいろいろな形で補う…みたいな映画である。実際にトランスジェンダーやノンバイナリなど、二元的なジェンダーにあてはまらないアイデンティティを持っている人たちが子どもから高齢者までたくさん登場し、全員がそれぞれ自分の視点でオーランドーを演じる。『オーランドー』の物語に沿っていろいろ小説の一節を読んだり、小芝居みたいなことをするのだが、その中でそれぞれの人が自分の現代的な観点でディテールを付け加える。リーディング公演にドキュメンタリー演劇がくっついているのを映像にした、みたいな感じの作品だ。

 『オーランドー』は何しろいくつもの時代をまたいだ壮大な歴史ファンタジー小説で貴族が主人公なので、日常生活のリアルな細かいところは描かれていなかったりするし、現代のコンテクストともあわないことがあるが、この映画では身分証が違うと言われてホテルに泊まれないとか、自認にあった性別で暮らすようになった後で仕事をクビになってセックスワークなど低賃金の不安定なバイトをしないといけなくなったとか、現代の視点でディテールが付け加えられる。登場人物はみんな現代の服装だが、必ずエリザベス朝ふうの飾り襟をつけており(オーランドーの飼い犬もつけている!)。性別を自認にあうほうにするための手術は『オーランドー』の本を手術台の上で飾り襟をつけた医者たちがカットするというやり方で象徴的に表現されている。

 厳しい差別や偏見を背景にしつつ、笑えるところもあり、気の利いた表現もたくさんある映画である。コロニアリズムや階級、その他いろいろ人生で起こる大変なことがらについての考察も含んでおり、ジェンダーについてはもちろん『オーランドー』という小説じたいもきちんと掘り下げている。最後はヴィルジニー・デパントがカメオ出演しており、ヴァージニア・ウルフと文学の力によってジェンダー二分法を廃止するという感動的なオチがある。何しろ出演者がほぼ素人なので若干小芝居が堅かったり、低予算なので妙なところが手持ち撮影でブレたりするのは気になるのだが、風変わりではあるものの全体的には非常によい作品だと思う。