解釈しづらい作品をわかりやすく~ナショナル・シアター・ライヴ『メディア』

 ナショナル・シアター・ライヴ『メディア』を見てきた。言わずと知れたエウリピデスの悲劇で、2014年の公演を収録したものである。キャリー・クラックネル演出、ベン・パワーの台本で、音楽はなんとゴールドフラップが担当している。なにしろ新型コロナウイルスのせいでライヴ上演ができないので新作がないのだが、4月に亡くなられたヘレン・マックロリーの追悼として日本で上映されることになった。

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 『メディア』はお話は単純なのだが、非常に解釈しづらい作品である。メディアが夫イアソン(英語ではジェイソン)に裏切られ、夫の新妻とその父、さらに自分とイアソンの間にできた子供を殺すことで復讐を果たすという物語なのだが、新妻に復讐するのはともかく(良くはないが)、この子殺しが大変ショッキングである。なんとなくメディアが子供たちを独自の人格として認めず、自分の持ち物みたいに扱っているように見えるので、大変残虐に見える(子供というのは長らく親のものと見なされてきたので、そのへんは古代のお芝居だからというのもあるのだろうが)。さらにメディアがけっこう計画的に決意して子供を殺すようになっており、狂気にかられて無理心中を…みたいな物語でもないので、冷酷さが際立つとも言える。全体的にミソジニー的な話なのか、抑圧された女性の抵抗に関する話なのか、演出を見ないとよくわからないところがある。

 本作は完全に追い詰められ、孤立した女性の抵抗という解釈でわかりやすく上演している。最初の解説のクリップやプログラムでも説明されているのだが、夫に捨てられ、孤立してしまった母親というのは自分の子供を殺して自殺してしまうことがあるそうで、このメディアは外国で孤立した母親が精神的に追い詰められていく様子を現代的に描いている。セットも完全に21世紀の家だし、完全に現代劇だ。メディアは母親なのだがそれ以前に妻であり恋人で、夫のジェイソン(ダニー・サパーニ)への愛を断ち切れず、2人の愛の絆を象徴する子供を殺し、最後の最後に2人で嘆いて感情を共有する瞬間を築くことで夫婦関係を終わらせる儀式をしているように見える。子供を殺した後、自殺を企てるでもなく、子供たちの亡骸を背負って亡命先のアテネに向かおうとするメディアには生きる遺志があり、たぶん子殺しはメディアが生きるための選択肢だったのだということが示されているところが怖い。

 しかしながら本作に出てくるジェイソンはひどい父親である。最初は新妻を憚って2人の息子をメディアと一緒に追放しようとしていたくせに、どういうわけだか息子たちは自分の立派な業績だと思っているようで、自分勝手なことこの上ない。養育費を払わないくせに父親ぶりたがる現代のお父さんとたいして変わらないと思ったが、おそらくそういう現代の状況とリンクさせることが演出の意図なのかとも思った。

世界シェイクスピア大会の発表が終わりました

 世界シェイクスピア大会のセミナー"Seminar 25: Shakespeare in-between Translation and Adaptation"での発表"Why Should George Lucas Fall in Love? From Shakespeare’s Biography to Star Wars"が無事終了しました。大会はまだプレカンファレンスなので、えらい過疎セミナーでしたが…

ウィキマニアで発表をします

 8/13-17までオンラインで行われるウィキマニアで発表します。題目は"Come on, It’s Wikipedia, not Westeros: A Brief Introduction to the Wikipedia Conspiracy Theory in Japan"「ちょっとぉ、ここはウィキペディアウェスタロスじゃないぞ:日本におけるウィキペディア陰謀論かんたん入門」です。ここ数年、日本語版ウィキペディアについてやたらと「〇〇な陰謀がある」とか「××にコントロールされてる」的なことを言ってくる人がいるのですが、そういうのは単なる陰謀論で、ウィキペディア日本語版が抱えている本当の深刻な問題というのは管理者不足や執筆者不足であるということを指摘する発表になる予定です。

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こなれた再演~『ウィルを待ちながら インターナショナル・ヴァージョン』

 『ウィルを待ちながら インターナショナル・ヴァージョン』を見た。2018年初演なのだが、今回の上演はシビウ国際演劇祭参加を見込んだ改訂版で、英語のセリフなどもある。前回見た時はとてもよくできていると思った一方でわりと苦手なところもあったのだが、今回のプロダクションは前回の印象よりもかなりこなれていて、もっとリラックスして楽しく見られたように思う。最後の演出は相変わらずちょっとビックリする。ただ、字幕がやたらスクリーンの右寄りに表示されていて、これは位置調整の問題かなと思った。

年齢の変化~日本大学芸術学部演劇学科公演『卒塔婆小町』

 日本大学芸術学部演劇学科総合実習IIAの公演である『卒塔婆小町』を見てきた。三島由紀夫の『近代能楽集』の一本で、1時間足らずの短編演目である。稲葉賀恵(2016年の『野鴨』の演出家)の演出によるもので、出演はもちろん学生である。

 新型コロナウイルス流行の中、大変だったと思うのだが、低予算の小規模な上演のわりにはなかなかしっかりしていたと思う。基本的にテクストにけっこう忠実なのだが、最初のところで公園のカップルにレズビアンらしい2人がいるあたりはアップデートだと思った。この演目はヒロインがおばあさんから若い女性に変わる年齢の変化がポイントなのだが、ちょっとおばあさんが若めではあるものの、努力の跡が見えた。また、手提げの色の噂話とか、たまに笑えるところがあるのも良かった。

となりのトトロぬいぐるみも出演~グローブ座『ロミオとジュリエット』(配信)

 グローブ座『ロミオとジュリエット』を有料配信で見た。Ola Inceによる演出で、グローブ座が久しぶりに実施するお客さんを入れて行う上演の一環…なのだが、なんとティボルト役が隔離になってしまったそうで代役だった。イギリス時間で夜の公演しかライヴ配信がなく、仮眠して午前3時から見たのでちょっと寝ぼけ気味で観劇した。

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 1時間50分程度とけっこう短く刈り込んだ上演で、2019年のグローブ座のプロダクションに続いて非常に若者向けに作られた作品である。ジュリエット(レベッカ・マレル)は16歳という設定で、いかにもティーンの女の子っぽい丸っこいベッドに寝ている。ジュリエットの部屋にはトトロのぬいぐるみがあり、これは途中で乳母を懐柔する時に活躍する。生演奏を活用した音楽の使い方なども効果的で、ライオネル・リッチーの「ハロー」の使い方は笑った。美術も衣装も現代風で、使われている武器は剣でなく銃である。

 ただ、たまに現代の若者が直面している問題(鬱とか)についての台詞の解説が入って、さらに後ろにそれに関する字幕まで出るのは全く要らないと思った(これがそういうテーマを扱った芝居だというのはわざわざ台詞と字幕で説明しなくてもわかるだろうと思う)。後ろの字幕はいろいろ解説みたいなのが出るのだが、これは全部カットしてもいいのではという気がする。あと、全体的に若者向けのせいなのか、暴力も色気も控えめで、ロミオ(アルフレッド・イーノック)とジュリエットの間にロマンティックでセクシーな緊張感があまりない。さらにティボルトがマキューシオ(アダム・ギレン)を殺し、ロミオがティボルトを殺すところは舞台上できちんと決定的な傷を負うところを見せていなくて(カメラワークのせいもあってけっこう動きが追いにくかったが)、これは舞台上でやるべきでは…と思った。さらに死んだマキューシオとティボルトを舞台上に出しておく必要もそんなに無いように思った。

今月の連載はオスカー・ワイルド『つまらない女』についてです

 今回の連載はワイルドのあまり人気がない芝居である『つまらない女』をとりあげてじっくり紹介してみました。母子家庭が直面する苦難についての作品です。序盤がダラダラしてるのに終盤ポンポン話が進んでちょっとペース配分がおかしいため、あまり上演されないのですが、それだけでダメだとしてしまうのはちょっと惜しい作品です。

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