『ダイアナの選択』、『花の生涯〜梅蘭芳』

 今日は朝から学校で仕事した後、『ダイアナの選択』と『花の生涯梅蘭芳』を見てきた。

 まず銀座のシネスイッチで金曜割引で『ダイアナの選択』を見たのだが、これはまあひどい作品だった。コロンバイン高校銃撃事件を題材にした人間ドラマで、ユマ・サーマンエヴァン・レイチェル・ウッドの演技がとてもいいのだが、女優の演技でえらく強引なストーリーをごまかしている作品だとしか思えなかった。たしかにどんでん返しはすごいのだが、私はああいうどんでん返しは全く気に入らない。純粋に驚きたいという人はまあ見てもいいかもしれないが、わりと理にかなった進行をする映画が好きな人は見ない方がいいと思う。


 それから新宿ピカデリーで2000円興行の『花の生涯〜梅蘭芳』を見た。これは特別興行で割引がない上2000円というひどい上映形態なのだが、演劇に関心がある人は絶対見た方がいいと思う。京劇の名女形として有名な梅蘭芳の伝記映画を『さらば、わが愛』の陳凱歌がレオン・ライ主演で撮ったものなのだが、『さらば、わが愛』ほどすごい!っていうところはないものの、女形の波乱の人生を非常にうまくまとめていて、京劇についてもちゃんと見た人が理解できるように丁寧に作ってあるし(私は専門家ではないのでどの程度時代考証とかが正確なのかとかはよくわからないが)、芸道ものとしては大変よくできているように思った。

 で、この映画には私が今まで見た中でもトップクラスにキャンプで美しい場面があった。映画の中でチャン・ツィイーが京劇の男役スター孟小冬の役で出てきて(京劇に男役の女優がいたとは知らなかった…中国で男役を使うのは越劇だけだと思ってた。演劇研究者としては大変不覚だ)、梅蘭芳と恋に落ちるのだが、なんと男装したチャン・ツィイーが男役、女装したレオン・ライが女役で恋愛劇をやる場面があるのである!小柄なツィイーにわりと大柄なライが男女逆転で超優雅な恋愛劇をやるのだが、なんかこういうものが普通に大人気を博していた京劇っていうのは伊達に現代まで生き残ってるわけじゃないと、今更ながら東アジアの演劇が醸し出す様式の世界(つまりは嘘の力)ってすごいなと思った。日本人と中国人は、この点に関しては自分がキリスト教文化圏に生まれなかったことをマジ感謝したほうがいいと思う。女形や男役の芸を見る目を養わないで大人になるなんて、美意識の点では全くの損としか思えない(まあ、異性装の演劇文化がない文化圏に生まれても、ちょっとカンがよければそういうものはすぐわかるようになると思うのだが、私のようなとろくさい一般人にとっては、子供の頃からちょっとでも慣れ親しんでないと、こういう芸を見る目を養うのはなかなか難しい)。

 この他に、安藤政信の役柄も結構おもしろかった。この映画に出てくる日本軍のプロパガンダチームは某大阪府知事でもびっくりするくらい芸能オンチのとんまばっかりなのだが(実にありそうな話である)、唯一安藤政信演じる日本軍のスパイだけは芸術がわかる人で、中国に来て梅蘭芳の追っかけになってしまい(追っかけにしてはストイックだが)、仕事にかこつけて梅蘭芳が戦時中も公演できるよう尽力するのだが、結局芸能に対する自分の情熱と日本軍の宣伝戦略の間でうまく折り合いをつけられなくなって自殺してしまう。本当に旧日本軍にこういう人がいたのだとしたらかなり面白いと思う。

 ただ、一つ思ったのは、ひょっとしたらチェン・カイコーはこの作品も『さらば、わが愛』と同じくレスリー・チャン主演で撮りたかったのかもしれないと邪推してしまった。梅蘭芳は一応ヘテロセクシュアルだという設定なので、真面目そうで梅沢富美男風なレオン・ライを起用してよかったとも言えるのだろうが、やっぱり舞台に立ったときの妖艶さではレスリー・チャンにはかなわない。これをレスリーチャン・ツィイーで撮ったらそれはそれはすごかっただろうと思うと、やっぱりレスリーが亡くなったのは中国映画にとって大きな損失だなと思った。