ウォン・カーウァイ、タランティーノ化したってよ〜『グランド・マスター』(若干ネタバレあり)

  ウォン・カーウァイの『グランド・マスター』を見てきた。なんていうか、ウォン・カーウァイがこういう歴史映画を撮ると思ってなかった…歴史叙述のスタイルといい、「演技すること」に関するこだわりといい、タランティーノ化してないか?っていうかタランティーノっぽい歴史映画がアートハウス系の監督の間ではやってんの?

 あらすじはまず詠春拳の使い手イップ・マン(トニー・レオン)が佛山で武道家として名をなし、東北の達人ゴン・パオセンの引退試合の相手として選ばれるところから始まる。パオセンがマンに譲ったので、それを悔しく思ったパオセンの娘ルオメイ(チャン・ツィイー)は父譲りの八卦掌でマンと試合をし、ルオメイ優勢で終了。イップ・マンはルオメイに心引かれ、東北まで修行の旅に出たいと思うが、日中戦争のせいでそれがかなわなくなる。その後パオセンが一番弟子のマーサンのせいで死んでしまったため、ルオメイは復讐を誓い、結婚をやめてマーサンと対決し、勝利する。その後、香港で医院を開いたルオメイは妻子を置いて香港で詠春拳を教え始めたイップ・マンと再会するが、若くして亡くなってしまう。イップ・マンは香港で武道の師として大成する。


 おそらくイップ・マンのパートに関してはけっこう史実に沿っているようで、日本軍の侵略の描写とかも露骨ではないがかなりきちんとしてるし、あまり盛り上がらないところが実はすごく歴史映画っぽいと言える。一方でゴン・ルオメイのパートはだいたい想像だそうで、はっきり言ってこの想像パートのほうがだいぶメリハリがある。最後にルオメイとマンが会うところでパオセンが「私は役者になるべきだったかもね」というようなことを言うのだが、この映画においてはフィクションであるルオメイのパートが実は主筋でチャン・ツィイーが主演女優であり、それを実在の人物であるイップ・マンが見つめている…という構造になっているんだと思う。これ、どんなに偉大な人物でもその人生をストレートに描くとやっぱりそんなに波瀾万丈に盛り上がるものではなくて、フィクションのほうがクリエイティヴなんですよ!っていうカーウァイの意志表示なんじゃないかっていう気がしたんだけれども(実は『2046』もあまりうまくいってはいないかもしれんがなんかそういう感じだった気もする)。ルオメイは一大流派を受け継ぐ達人でありながら女であるため差別を受けており、流派と父の教えを守るために自ら復讐者の役どころを選ぶということで、ものすごくドラマティックな役柄である…のだが現実はたぶんこんなに面白くはなかったのだろう。なんかこのあたりにタランティーノが『ジャンゴ』や『イングロリアス・バスターズ』で示した「歴史とフィクションは違う、フィクションは歴史ができないことをやるのだ」っていう心構えに近いものを感じてしまったのだが。


 あと、これは歴史映画なんだけどやたらにフラッシュバックが多くて語りが単線的でなく、これもタランティーノっぽい(ルオメイの復讐パートはほぼフラッシュバックである)。アクション映画なのに会話が主である、というのはまあカーウァイの映画は昔から会話が主なので路線は違ってもタランティーノと昔から共通点があったのかもしれん。アクションの撮り方がトリッキーなのもあれはアメリカ映画の影響なのかな?ちなみに最初に日本語で武術の流派に関する解説が出てくるのは『リンカーン』っぽいな…

 まあ文句はたくさんあり、いくらなんでも後半盛り上がりに欠けるのでは、とか、一線天をもうちょっと出すかあのパート全カットするかどっちかにしろ、とかいろいろあるのだが、全体としては私はとても歴史映画として面白いと思った。『花様年華』や『ブエノスアイレス』には負けるけど。ちなみにチャン・チェンの撮り方が『マイ・ブルーベリー・ナイツ』のジュード・ロウみたいだと思うのだが、ウォン・カーウァイはああいう顔と雰囲気の男優が好きなんだね、たぶん。


 ちなみに、同じ日に『アイアンマン3』を見たのだが、アクションの撮り方の違いにけっこう感銘を受けた。『アイアンマン3』は落下が使える高所のオープンスペースでどんぱちやるのだが、『グランド・マスター』はとにかく狭い路地とか妓楼の中とか、ちょっと動いただけでそのへんのものがぶっ壊れそうなところでしか試合をしないので、ちょっと殴り合っただけで人間がガラス窓の向こうまでふっとんだりするので、これはこれで低予算で効果的なアクションを撮る手法なのかもしれないと思った。ちなみに『グランド・マスター』にはこういう狭いところで格闘をするということ自体をネタにした展開があり、ルオメイとマンは妓楼に悪いからということで、妓楼を壊したほうが負けという約束で戦うのである!私が「この店だいじょぶか」と思った瞬間にルオメイが「お店に悪いのでは」という台詞を言ったので、個人的にはルオメイわかってるな!とツボだった。