男の自分語り推進運動〜『マリオンとジェフ』(Marion and Geoff)

 ひょんなことから『マリオンとジェフ』(Marion and Geoff)というBBCのコメディの第一シーズンを見た。あまり好きにはなれなかったのだが、ものすごく質が高いと思ったのでご紹介。



 まずこのコメディの面白いところは、タイトルが『マリオンとジェフ』なのに、マリオンもジェフも画面に出てこないところである。マリオンは主人公であるウェールズ人のタクシー運転手キースの前妻で、ジェフはその現夫。キースはいつもこの二人のことばかり話しているのだが、第一シーズンの時点では二人とも一切画面にうつらない。


 それどころかこのコメディにはキース以外誰も画面にうつらず、話は全てキースがタクシー車内で繰り広げるモノローグだけで進む。ワンエピソード十分くらいでできているのだが、全部キース役のロブ・ブライドンの一人芝居。タクシーの中でキースは自分がいかにマリオンとの間にできた二人の子供のことを愛しているかとか、昔マリオンはどんなにステキだったかとか、そういう話をするのだが、まあそれがほんと超痛々しくてかつなんとなくおかしいのである。キースは非常にいいやつで、マリオンとジェフに嫉妬したりはしていない…ようなのだが、あまりにもいいヤツすぎてはっきり言って救いがたく鈍いやつなんじゃないかと思えるところも多い(どうも二人目の息子はキースの子じゃなくジェフの子みたいなのだが、キースは全く気づいてない)。しかしながらどんなにひどい目にあってもいつもキースは楽天的であるし、たいていの人間の悪意には気づかない…みたい。キースの自分語りはあまりにも鈍すぎてヘテロ女性としてはいささか見ていてつらいところもあるが、鼻につくとか不快だというところは全然ない。見ているとだんだんキースの悲喜こもごもに引き込まれていってしまう感じ。

 
 こういう野心的な形式のドラマを作るには相当力のある役者を起用しないといけないし(日本だとイッセー尾形小日向文世あたりならどうかな?)、スタンダップコメディの伝統がないので作っても日本でウケないかもしれないとは思うのだが、そうはいっても私はこういうドラマは日本でも作るといいんじゃないかな…と思う。これは「男の自分語り」ドラマなわけだが、日本のいわゆる「私小説」に非常に近い作りになっていると思うのである(キースは子供に会えなくて車の中でひとりで泣いたりするのだが、そのへんちょっと田山花袋っぽい)。なんか日本っていまだに「男は黙ってサッポロビール」気風があって、私小説の伝統があるにもかかわらず自分語りをいやがる人っていっぱいいる気がするのだが、そういう人がいるからこそこういう「自分語りもいいじゃん!」ドラマを作る必要があるんじゃないのかな…