英国共感覚協会大会2011 二日目

 さて、この日から夏時間で、前日深夜に帰宅したにもかかわらず寝る時間を一時間損しておねむでイーストロンドンへ。

 朝のセッションでは、共感覚研究では超有名なジェイミー・ワードが発表。ワードは文字に色が見えるタイプの共感覚について、プロジェクタ/アソシエータ型という今よく使われている分け方を疑問視し、色が「見える」共感覚者と色を「知っている」という共感覚者の二つに区分する分け方を提案しており、なかなか面白いとは思ったのだが、共感覚者的には「見える/知っている」というのもよくわからないと思ったな…(同じような質問をした人がいて、やはりみんなちょっと疑問みたい)。プロジェクタ/アソシエータ型という分け方があまりパッとしないということについては共感覚者の間でも結構そう思う人がいると思うし、リチャード・E・サイトウィックも近著でこういう分け方に反対があることを述べていたはずなのだが、じゃあどうするかっていうとどうしたらいいんだろう…ワードも、実験では「見える」「知っている」両方に○をつけた人がかなりいてそれがよくわからないとは言っていた。
 しかしさぁ、共感覚質問紙の「文字の色はどこに見えますか」っていう質問、答えるほうとしてはよくわからないよね。懇親会で話した別の共感覚者も言ってたんだけど、たいていはそんなこと考えたこともないからわけがわからなくなる。なんというか、「音楽を聴くときどこでグルーヴを感じますか?(1)足(2)心臓(3)脳(4)それ以外」とかいう選択肢があったとして、普通答えられないでしょ?それと同じで文字の色がどこに見えるかっていうのもなんかいざ聴かれると混乱するよな…

 ワードのあとに発表したライデル・シンプソンという人の発表も面白かった。シンプソンさんは神経に起因する難聴でふだんは大きな補聴器をつけているのだが、視覚→聴覚の共感覚がある(つまり、外界で実際に出ている音は補聴器なしではほとんど聞こえないのに景色を見ると音が聞こえる)という非常に珍しい共感覚の持ち主らしい。ラマチャンドランなどの専門家に見てもらったところ、脳の聴覚刺激を処理するところに音の刺激が入力されないため、そこの神経が視覚の入力箇所につなげられてしまった結果、視覚→聴覚の共感覚が起こるようになったのではということだった。しかしながらろうの共感覚者は少なすぎて(今のところシンプソンさんしか報告がないとか)全くデータが集まらんので確かなことは言えないとか。まあそうだろうなぁ…
 なお、このシンプソンさんは面白いおじさんだったのだが、ろうである上にアメリカ英語の発音が激しくて話の半分くらいしか聞き取れず。ネイティヴならわかるのだろうが…あとでメールしてパワポ送ってくれと頼もうかな。

 そのあとはかなり脳科学関係の発表が続いて正直よくわからないところが多かった…一応ちゃんと理解できたのは、目の見えない人用にカメラの映像を音声サインに変える装置を開発している人の話くらいかな。これは面白い試みだとは思ったのだが、装置があまりにもデカくて使いづらそうであった上、共感覚者が共感覚を装置で減らしたいとか思わないのと同様、長年目が見えなかった人は目が見えないのに慣れているからこんなマシンで感覚を増強するのは余計なお世話と考えるのではないか、とも思い、お茶の時間に質問したところ、今のところは実験に協力してくれた盲人の方々は装置のことを「役に立つ」とはあまり思っていないが「面白おかしい」と思っており、快く参加してくれているとのこと。どうやら実用向けというよりはどっちかというとゲーム感覚で開発をしているらしい。それなら納得かも。

 こんな感じで二日間の大会が終わったのだが、共感覚者ともいっぱいしゃべれたし、最新の研究にも触れられてとても有意義で楽しい二日間だった。イギリスだけじゃなくヨーロッパ全域から人が来るし、日本の人も来ていていろいろ話せたので、発表しなくても来年また行きたいかも。

 で、ひとつ思ったのは、脳科学っていうのはやはり人の頭の中身が相手なので、いろいろな実験をやってトライアル&エラーを繰り返し、いくつもの仮説をたてて謎を解明していくものであり、スパっとわかりやすく脳の中で起きていることを説明するのはたぶん無理なんだろうということである(人間の脳の中で起こっていることを人間が脳を使って考えて説明する、つまりは自分のことを自分で分析するんだから、難しいのは当たり前!)。正直、データに基づく発表をきいていても素人はほとんどわからないし、発表するほうは結論部分でも「こうかもしれないという仮説をたてて実験した結果、こういうことになったので、仮説が正しい可能性がちょっと高まりました(あるいは低くなりました)」とか、その程度のことしか言わない。しかしながらこういうのが誠実な科学的態度(あるいは人間的態度)っていうものなんだろうなと思う。共感覚はちょっと頭の中で非常に複雑なことが起こっているに違いない現象なので(自閉症やらてんかんやらにも関係あるという噂もあり、百家争鳴)、まあいつまでたっても脳の中で起きていることの全容は解明されないかもしれないと思うのだが、共感覚は急いで薬を開発しなければいけない脳の病気とかではないので、いろいろな仮説が妍を競ってじっくりと検証されるところを見てみたいと思う。百の仮説が出て一歩進むようなゆっくり進行でも、いつかちょっと光明が見えれば良かろう。