問題は、誰もトクヴィルを読んだことがないということである〜『ボーン・イエスタデイ』

 なんか最近アレクシ・ド・トクヴィル(「アレクシス」ではない。綴りはAlexisなのだが、フランス語の固有名詞なので最後のsはサイレント)が大流行らしい。研究者のブログでもなおきさん(研究書紹介あり)とか、あとこちら(論文紹介あり)やこちら(英国史の人からするとかなりツッコミどころがありそうなエントリに思えるが、文献紹介は面白そうだしTocqueville Reviewという雑誌があるのには驚いた)などにトクヴィルの文献紹介があり、ツイッターでもしゅっちゅう言及されるのを見かけるのでどうやらトクヴィルがキているらしい。

 で、友人がこの波に乗ってLeo DamroschのTocqueville's Discovery of Americaっていう本を翻訳することになったそうだ。



 ニューヨーカーなんかで割合好意的にとりあげられているのだが、時代背景よりは理論のほうに重点を置くトクヴィル研究に一席を投じるべく、1830年代にアメリカを旅するとはどういうことかとかそういう歴史的な側面を掘り下げた本らしい。来年白水社から翻訳が出るそうだが、邦題は未定らしい。

 なんでまだ邦題すら決まってない本の翻訳情報を流しているかというと、うちの別の友人が数年前にトクヴィルリスペクト(?)な本の翻訳に関わったのだがこいつが全然売れなかったという悲しい話があるからである。

 こちらの本の原題はDe la Culture en Amérique(トクヴィルアメリカの民主主義』の原題はDe la démocratie en Amériqueね)で、内容もフランスの行政官がアメリカに行って現地の資料を駆使しつつアメリカ政治(ただしこの本の場合は民主主義ではなく文化行政)を分析するというまるっきりトクヴィルなものだったのだが、考察も面白いし役に立つデータがぎっしり詰まっているいい本だったのにさっぱり売れなかったらしい(…正直、600ページもあって4000円以上する硬派な学術書でこのチャラいタイトルはどうかと…トクヴィル絡みだなんて誰も思わない邦題でしょ?)。せっかく友人が面白そうな本を翻訳しているのに売れないのは気の毒すぎるので早めに宣伝しときたいと思う。


 しかしながらトクヴィルの一番の問題は、おそらく既に大学で人文社会科学を研究している人にとっては研究分野を問わず当然の教養と見なされており、全員がトクヴィルを読んだフリをしているにもかかわらず、実は誰も読んだことがないということである。何を隠そう私も読んだことがないし、上のエントリのtheta_Kさんも読んだことないみたいだし、友人と「ねえ、トクヴィルって読んだ?」「いやぁ実は読んでなくて…」という会話をしたことも二度くらいある。


 ところがなんとトクヴィルをちゃんと読んでないのは日本人だけじゃなく、対象にされたアメリカ人も実はそんなに読んでないらしい。メラニー・グリフィス主演の『ボーン・イエスタデイ』(1950年のジュディ・ホリデイ主演作のリメイク、オリジナルは未見)にそれを皮肉った場面がある。

 この映画のヒロインは貧しい生まれのワーキングクラスの若い女性ビリー(メラニー・グリフィス)なのだが、大物ビジネスマン、ハリーの愛人になってワシントンに住むようになる。ところが無教養なビリーはインテリ女性ジャーナリストに「トクヴィルも読んだことないの?」などとからかわれる始末。ハリーはビリーに家庭教師を雇ってやり、ビリーは必死に『アメリカの民主主義』を読んでアメリカの法律や政治を勉強。

 ↓結果こうなる。アメリ憲法の修正条項を歌で覚える場面。

 で、最後にビリーがまたその自分をからかったジャーナリストに会ってトクヴィルの話を振ったところ、実はそのジャーナリストはトクヴィルを読んだことがなくて読んだフリをしてただけだった…というオチに。このリメイクはオリジナルに比べて不評だったらしいが90年代の観客にウケるように作っていたはずなので、たぶんこのトクヴィルネタのギャグはアメリカ人ならみんな教科書とかで『アメリカの民主主義』の話をきくけど結局誰も読んだことないから成立するんだろうと思う。もちろん映画のギャグから想像しただけなのだが、きっとアメリカ人も読んでないんだろうねぇ。トクヴィルの同郷人であるフランス人は…どうなのかな?


 ちなみに、この『ボーン・イエスタデイ』リメイク版は不評だったらしいのだが、金髪美女が予想外の頭の良さでワシントンを騒がせるというあらすじはたぶん『キューティ・ブロンド2/ハッピーMAX』の元ネタなのではないかと思う。



 …と、いうことで、ちゃんと『アメリカの民主主義』を読まないと。いっぱい翻訳出てるけどどれがいいの?

 

 あと、最近はフェミニズム系のトクヴィル論とかも出てるみたい。