スティーヴ・ジョブズ亡き後アイアンマンシリーズはどうなるのかな?〜アメリカ大衆文化におけるヴィジョナリー

 

Apple Sets Steve Jobs Memorial for Sunday

 スティーヴ・ジョブズが最近お亡くなりになった。うちは全然マックを使わないので正直よくわからないのだが、ツイッターフェイスブックなどを見ていると「なにこれ誰かヒーローでも死んだんか?」というような皆の嘆きぶりで、それでちょっと「実は『アイアンマン』の映画版のトニー・スタークはジョブズの影響を受けてるのでは?」という気がしてきた。と、いうことで、本日はアップルのこともアメコミのことも知らないけどこれについて書いてみようと思う。


 とりあえずうちのブログに来ている人はマックは使っててもアイアンマンを見てないかもしれんと思うので一応アイアンマンとは何でトニー・スターク(映画版のトニーね)とは誰なのかということを書いておく。アイアンマンはマーヴェルコミックに出てくるヒーローでなんかこれは名の通り鉄でできたパワードスーツで、空を飛べたり飛び道具がいっぱいついていたりする優れものなのだが、これに身を包んで活躍するのがトニー・スターク(ロバート・ダウニー・ジュニア)である。トニーはスターク・インダストリーズという兵器会社の社長で天才的なモノ作りの才を持っているのだが、酒びたりだし時間は守れないし女たらしのくせに本気で惚れいてる超優秀なアシスタントのペッパー(グウィネス・パルトロウ)の前ではデクノボー同然というダメ男である。アイアンマンの第一作ではミサイルを売り込みにいったところをアフガニスタンのテロリストに拉致され、無理矢理ミサイルを作らされるが、こっそりアイアンマン(試作型)を開発して逃げる。で、この体験にショックを受けたトニーは死の商人の仕事はやめて技術の平和利用を目指そうとするが、産業スパイやら陰謀やらいろいろなものに巻き込まれ…という話である。


 で、コアユーザや技術者、企業家でない人の間で一般的に流布しているスティーヴ・ジョブズのパブリックイメージがかなりこの映画版のトニー・スタークに近いというのは日本でも英米でも言われているようである(これとかこれとか)。こういうところはやっぱりアメコミが強いアメリカ人の意見を参考にすべきだと思うが、『アイアンマン2』におけるトニーと敵役のジャスティン・ハンマー(ライバル会社の社長)の関係はジョブズとビル・ゲイツだという指摘もあるらしい。この映画に出てくるジャスティンは型破りでワイルドなトニーとは真逆でいつもきちんとした格好をしているのだが、技術屋としてもビジネスマンとしてもお約束のように無能なので、これがビル・ゲイツの隠喩なのだとしたらスタッフはかなり意地が悪いと思うのだが…。ちなみにジャスティン・ハンマーがゲイツならウィップラッシュは何だ?サムソン電子とか新興の電子企業?


 で、とりあえずこの映画に出てくるトニーとジョブズの類似点を文責する前にまずジョブズとアイアンマンの動画をご覧下さい。


 マックワールドエキスポのジョブズ

 アイアンマンのトレイラー。


とりあえず私があげられる共通点としては以下の五つがある。

・エキスポの描写
 『アイアンマン2』はスタークエキスポの場面から始まる。だいたいある会社のエキスポを映画で華やかに見せるという発想自体がマックワールドエキスポの影響を受けてる気がするのだが、トップがカッコよく出てきてすごいプレゼンで皆を魅了、拍手喝采…というところに共通点があると思う。ちょっと違うのはトニー・スタークはジョブズに比べてオシャレなところなのだが、アップルもスターク・インダストリーズも「いいマシンだけではだめ、いいプレゼンがなきゃ!」みたいなところが似ている。


・ヴィジョナリーとしてのキャラクター造形
 これは意図的というか必然的に似てしまったのだと思うが、変人だがヴィジョンを持って人々の心をとらえるというキャラクター造形はトニーにもジョブズにも共通しているものである。映画版『アイアンマン』のトニー・スタークはうじうじしてるスパイダーマンや暗い感じのバットマンに比べてかなり明るい人で、ひどいめにあっても必ず立ち直るし、「泥沼からでも蘇るアメリカの理想」みたいなものを体現している人である。この映画を見ていると、とにかくアメリカ人はこういう「自分の技術で世界をもう少し住みやすいところにしたい」という明確なヴィジョン、「自分にはそれを達成できるだけの技術があるはずだ」という自分に対する自信、そして自分の理想と能力を証明するプレゼンテーション能力の三つを兼ね備えたヒーローが好きで、おそらくイギリス生まれのジョン・レノンやジャマイカ生まれのボブ・マーリィアメリカで人気あるのもこの三つのヴィジョナリーの条件を兼ね備えていたからではないか…と思えてくる。それでたぶん現代の著名人でレノンやマーリィ、あるいはキング牧師のようなヴィジョナリーらしいパブリックイメージを持っている現実の人物としてはジョブズが一番わかりやすいキャラクターである。で、グローバル化の時代である現代のヴィジョナリーであるトニー・スタークは歌を作ったり演説をしたりするのではなく、ジョブズのように大企業を率いて技術革新をやるということである。トニーもジョブズもすごく気むずかしくて変人なのだが、ものすごく明確なヴィジョンを持っていてその実現のために自分の企業を使う。
 ここで注目すべきなのはこういうヴィジョナリータイプのヒーローというのは基本的にどっちかというとやせてて頭が良さそうな感じで、伝統的なマッチョな男らしさは持っていないし端正な美男でもないが人の心をつかむのに長けており、女性に対しても脅威的な印象を与えなくてなぜか異常にモテるということである。こういうヴィジョナリータイプの線の細いマスキュリティというのはもうちょっと分析する必要がある気がする。


・死の技術→生の技術への転換
 トニー・スタークは兵器という死の道具を作るのをやめてその技術を生を豊かにする道具に生かそうとするが、ジョブズが作ったアップルは軍用だったコンピュータを個人が楽しく暮らすための道具に転用するのに大きな役目を果たした(アップルの人々に限らず個人用のコンピュータ普及に尽力した人は皆そうだろうが)。このあたりの「死の技術を生の技術に転換する」というややトリックスター的な物語がジョブズとトニーに共通している。


・瀕死→復活の物語
 ジョブズは一度大病を患ったがどうにか復活して2006年にスタンフォード大学で元気な姿を見せた。トニーは『アイアンマン2』で死にそうになったが技術力でカバーして復活した。


・デザイン重視でタッチパネル中心のモノづくり
 アップルのマシン類はあの部外者には難しいタッチパネル中心のインターフェイスで有名だが、『アイアンマン』シリーズにもやったらとタッチ式のインターフェイスを持った機械が登場する。あとジョブズもトニーもやたらデザインにこだわってて、マックはあのとおりのデザインだしアイアンマンもカッコいい色で塗装されてなきゃダメらしい。


 こういうのを見ていると、ジョブズの人生は現代アメリカにおいてヴィジョナリーにしてトリックスターである人物の英雄譚としてすごく受け入れられやすいような感じのもので、『アイアンマン』はこういう物語を非常にうまく消化してちょっと荒唐無稽なアメコミに取り入れることでうまいことリアリティを出してるんじゃないかな…という気がする。

 で、私が今後どうなるんだろうと思っているのはジョブズが死んじゃったことが『アイアンマン3』にどう影響するのかということである。現実世界ではヴィジョナリーは復活しないで亡くなってしまった。さて映画はどうするか…たぶんもう脚本はできてるんだと思うのだが、模範とすべき現実のヒーローがいなくなってしまった時に映画がそれをどう反映するのかは気になるところである。