入江敦彦『秘密のロンドン』〜ガイドの部分はいいが分析のほうはよろしくない

 日本で買ってきた入江敦彦秘密のロンドン』(洋泉社、2012)を読んだ。


 とりあえずはこれは「観光ガイドを持っているイギリス在住者や頻繁にイギリスに来る人のための二冊目のガイド」で、『地球の歩き方』とかにはのってないようなロンドンのディープな見所を細かく案内する、というものである。タイトルやコンセプトからし前に紹介したLondon's Hidden Secretsシリーズ(2が最近出てもう一冊出るみたい)ともちょっと似ているが、淡々とオタクな名所旧跡を紹介するあのシリーズに比べると格段にオシャレである。

 とりあえず情報は大変充実している。私が全然知らないオシャレなストリートの情報から廃墟や墓地の散策まで、とにかくよく街歩きして調べ上げていると感心する。三年ここに住んでいるが、全くきいたこともないような情報もたくさんあった(まあ、服飾分野の情報とか私はもともととんと疎いので知らなくて当たり前っちゃ当たり前なのだが、やはりたまにはそういうものも読まなくては)。

 見た感じ、情報の精度も結構いいと思う。冒頭のポンドを円換算するな、1ポンドは100円くらいだと思え、という案内はたしかに非常に私の実感とあっているし、たぶんロンドンに住んでる日本人はたいていそう思うのでは…という気がする(p.11)。あとショコラティエでイチオシされているのがウィリアム・カーリーだったりするあたりは我が意を得たりという感じ。

 …しかしながらこの本、情報を提示するほうはすごくいいのに分析するほうは全然よろしくないと思った。とりあえず126ページにのっているヘテロセクシュアル向け風俗ガイドは何なんだ…?私がヘテロセクシュアル女性でヘテロセクシュアル男性の買春を伴うセックスツーリズムにすごい嫌悪感を抱いているというのはまあ置いておくとしても、すぐあとの128ページで危険なエリアに近づいてはいけない、っていう話をしているのに、前の節で軽犯罪になりそうなことを紹介して、冗談半分にしろ「取り締まりにあいそうになったら道を尋ねようとしたと言って誤魔化せ」ってそれどーゆーわけなの…?軽犯罪を犯しそうになるほうがよっぽど危険だと思うのだが。あと「ヤリたくて仕方がなくなったら、ユーロスターでパリに行きなさい」(p.127)って…ヤリたくて仕方なくなったら自分でオナニーしろよ。まあ、買春よりも犯罪にならないナンパをすすめているところは若干良心的と言えるかもしれないけど、「養育費めあての未婚の母志望みたいな労働意欲のないエアヘッドも存外いる」(p. 127)ってどんだけ無責任なんだよ。この本、ところどころに女性向けのお菓子屋さんの情報とかもあるけどそういうのって全部アリバイ作りで、本当はヘテロセクシュアルの女性が買って読むことを全然想定してないだろうと思う。

 あと、154-162ページのロンドン暴動の分析は浅すぎて情報からしてきちんと収集してないのかもしれないと思う。まあ、ナチュラルに「プロ市民」(p. 128)なんていう言葉を使う人にたくさんの情報を多面的に使用した社会問題分析とかは期待できないのかもしれんけど、それにしたってUKの階級問題(アンダークラスの問題)についてもジェンダーについても(暴動で逮捕されたの大部分は男性)警察予算の削減についても触れずに「私には英国の若者たちが義務を学ぶ前に間違った権利意識に侵食されてしまったように思えてなりません」(p. 158)って、これ俗流若者論の最たるものですな。

 まああとこれは個人的な見解の相違になるのだが、アンチカット系の運動とロンドン暴動を完全に分けようとする見解(p. 159-60)には私は非常に批判的である。うちは学生デモでケトリングくらったほうだしオキュパイデモにも行ったせいで半分くらい「中の人」なので距離を置いた分析は既にできなくなっていると思うのだが、あのデモでバス停ぶっ壊してた学生たち(私と一緒にいた人たち)とうちの近所の靴屋をぶっ壊した不良少年たち(私を心底ふるえあがらせた人たち)はあるい意味では違っているけどある点では違っていない。まず違うところだが、私たちは学生で勉強する機会があったので、バス停をぶっ壊す前に不満の原因を追及して言語化する訓練を受けるという好運に恵まれたが(私はバス停はぶっ壊してない。かけらは拾ったけど)、うちの近くの靴屋をぶっ壊した人たちはたぶんその訓練すら受けてなくて、受けられる希望もないのかもしれない。それから似ているところだが、階級や財産やジェンダーが違っていても同じ時代に育ってきて何かに不満を持った大量の若者が暴れている、というからには何か根本的な原因に共通するものがあってもおかしくない(経済問題とかいろいろな差別とかね)。安易な同一視も、「あいつらとこちらは別」という区別も、問題を考える上では有効な手法ではない。

 それから、どうでもいいのだがこの本急いで作った?のかいくつか誤植があった。とりあえず9ページの「ウェリッシュ」は「ウェルシュ」の誤記だろうと思う。あと125ページの「リア子供同士」も何かの誤植?と思うのだがちょっとよくわからない。