Margaret Connel Szasz, Scottish Highlanders and Native Americans: Indigenous Education in the Eighteenth-century Atlantic World(『スコットランドのハイランダーとアメリカ先住民:18世紀大西洋世界における先住民教育』)

 Margaret Connel Szasz, Scottish Highlanders and Native Americans: Indigenous Education in the Eighteenth-century Atlantic World (『スコットランドハイランダーアメリカ先住民:18世紀大西洋世界における先住民教育』), University of Oklahoma Press, 2007 を読んだ。あまり私の専門領域に近くはないのだが、面白かったのでご紹介。

 タイトルからするとなんじゃそりゃという感じだが、よく考えるとスコットランドハイランダー(北の高地のほうに住んでる人たち)とネイティヴアメリカンはどっちもBravesとか言われてなんとなくロマンティックで勇敢な先住民扱いされている人々であり、そういうイメージがどう形成されてきたか、ということを含めてこの二つの民族の文化を比較するのは意義のあることなような気がするし、関連書籍もいくつか出ているようだ(これとかこれもかな?)。

 この本の主題は18世紀、スコットランド啓蒙期のハイランドとアメリカ植民地での教育史である。前半はエディンバラで設立されたSSPCK(the Society in Scotland for the Propagation of Christian Knowledgeスコットランドキリスト教知識普及協会)の活動などを中心に、ローランド(エディンバラとかがある南の地域)の人々がいかにキリスト教の知識を啓蒙しようという野心に突き動かされてハイランダーと北アメリカ先住民を教育しようとしたかについて教育史を追い、後半はそうした土壌から生まれた代表的な2人の知識人であるハイランドの詩人ドゥガルド・ブキャナンとモヒガン族の教師サムソン・オッコム(SSPCKの支援を受けており、スコットランドにも来たらしい)の経歴を比較検討している。

 地理的に近いハイランドではかなりSSPCKの活動は影響力を持ったらしい。もともとローランドでは教育が普及しており、1700年までにローランドの教区の9割近くが最低一個の教区学校を持っていたが、ハイランドではほとんどの子どもがゲール語だけで話し、読み書きは無理という状態だったらしい(同じ頃、アイルランドアイルランド人はスコットランド以上にアイルランドゲール語しかしゃべっておらず、話者人口が激減するのは19世紀のジャガイモ飢饉に関係あるらしい。コーンウォールでは既にコーンウォール語の話者人口が非常に減っていたとのこと)。エディンバラの事務局の肝いりでそういうハイランドの田舎に先生が派遣されて英語を教えるわけだが、英語とキリスト教を普及させたいという本部の思惑とは別に、ゲール語の読み書きができる先生のほうが現地では人気があったりもしたらしい。こうした統一的な教育の普及とその他の政治的・経済的な社会変動のせいで、ハイランドの社会は18世紀中に劇的に変化し、伝統的な音楽や言語、あるいはクラン中心の経済活動などがかなり衰退したそうだ。スコットランドはヨーロッパで最も識字率が高かった国として有名なのだが、その裏にこんなからくりがあったとは…と新鮮。

 ハイランドでの英語教育を広めようとしたスコットランド人たちは今度は北アメリカの先住民にもキリスト教教育を広めようと考え始め、植民地の伝道組織などに資金支援を行ったが、既に現地で活動している団体がたくさんあり、また地理的にあまりにも遠いので実際に本部から視察者を派遣したりもできなかったので、ハイランドに及ぼしたほどの影響力を行使することはできなかった。現地の学校ではネイティヴアメリカン社会の制度じゃなくブリテン諸島から移民してきた人たちの社会制度に沿った教育をしていたので、例えば女が農耕をやり、母系制をとっているイコロイ族の地域の学校で男の子に学校農園をやらせたり、女の子に男性の添え物的な教育しかしなかったり、いろいろ教育方針にも問題があったらしい。

 そういうわけでいろいろと知らないことが多く、ハイランドとネイティヴアメリカンの意外な共通点について詳しく書かれていて興味深い教育史の本である。ただ、スコットランド啓蒙の世俗的側面にあまり触れず、キリスト教的ミッションに絞っているあたりがちょっと物足りないかな…まあ、スコットランド啓蒙の世俗的な側面での影響力についての本は他にもいっぱいあるんだろうが。


 あと、関連エントリとしてid:nikubetaさんが「正しい征服、正しい改宗 スペインによるインディオ理解」及び「征服がもたらした善は悪をはるかに凌ぐ とある法学者の正戦論」というタイトルで『アリストテレスとアメリカ・インディアン』のレビューを書いているのでこちらも一緒にどうぞ。