ピーター・バーク『ヨーロッパの民衆文化』

 Peter Burke, Popular Culture in Early Modern Europe, 3rd ed. (Ashgate, 2009)を読んだ。

 

 これは1978年に初版が出て、私が読んだのは改訂版なのだが、初版は翻訳されているようだ。

 この本は初期近代ヨーロッパの大衆文化について知るための基本書で、15〜18世紀あたりまでかなり長いスパンでヨーロッパ全土のポピュラーカルチャーの見取り図を描こうとしている。この時代に起こった変化として最も大きいのはやはり宗教改革であり、プロテスタント及び対抗宗教改革におけるイエズス会の影響力の強まりによってそれまでのポピュラーカルチャーがかなり変わることとなった。とくにカルヴァン派はかなり猛烈にお祭りや遊戯などを攻撃し、クリスマスや夏祭りなどが強い批判にさらされた一方、ルター派はわりとポピュラーカルチャーを取り入れる方針で、賛美歌にそれ以前の民衆のお祭りの歌の要素をとりこんだりしたらしい。このルター派の音楽への高い関心がのちのちのバッハの宗教音楽などにつながるらしいが、このあたりのポピュラーカルチャーと'learned culture'における音楽の接点についてはちょっと触れてある程度なので少し物足りないかも。しかしながら全体的に宗教改革の時代にはプロテスタントカトリックを問わず敬虔なクリスチャンの影響力が強かったらしいのだが、読んでいてこの敬虔な人々の影響というのは今に至るまでポピュラーカルチャーにとどまらない芸術史一般の理解に対してかなりの悪影響を与えているのではと思った。

 もう一つの大きな影響としては18世紀以降に進展した商業化があげられるだろうが、これについてはあまりにも地域的な差異が大きいため包括的な理解がけっこう大変だ。バークによると、例えばロンドンみたいなところではすごい勢いで印刷物が増え、家財道具も洗練されたものになっていったが、一方セルビアの地方の民家には1830年の時点で平均50個(一軒あたり10人程度が住んでいる)しか家財がなかったらしい。そういうわけで全体の見取り図を描くのが難しいので、商業化の影響については以前紹介したJohn Brewer, The Pleasures of the Imaginationみたいな地域研究系の本をいくつか読んだほうがわかりやすいのではないかと私は思う。

 そういうわけでこの本はポピュラーカルチャーの歴史に関する大変良い基本書なのだが、1978年に出ているということで古くなっているところは少しあり、このあとに出た多数の事例研究で知識をアップデートする必要はある。あと、手法としてやや疑問なのは精神分析バフチンの応用かな…本人も認めているように精神分析のコンセプトを使うことにはいろいろ疑義があるところだと思う(p. 6)。あと、この本ではかなりバフチンの扱いが大きいが、バフチンラブレーカーニヴァル以外の文脈に拡大することは最近非常に批判されていると思うので、そのへんちょっと注意が必要がもしれない。

関連エントリ:
Togetterまとめ 10/14ピーター・バーク講演会@東洋大学
Togetterまとめ 2012年10月20日 ピーター・バーク講演会 "Diglossia in Early Modern Europe"
オシテオサレテ 初期近代における「クリスマス終了のお知らせ」