骨相学vs大道歯科医一座、若干マイケル・ジャクソンふうな見せ物としての医術〜『ジャンゴ 繋がれざる者』(少しネタバレあり)

 『ジャンゴ 繋がれざる者』を見てきた。一言で言うと、このビデオをマジでやったらこうなる、っていう感じの映画↓



 ↑このミュージックビデオはポール・マッカートニー&マイケル・ジャクソンが1983年に出したヒット曲'Say, Say, Say'なのだが、たぶんアイリッシュ?の白人のオッサン、マックとアフリカンアメリカンの若者ジャックがマウンティバンク&ヴォードヴィルパフォーマーとしてみんなを騙しながら19世紀のアメリカを旅する、というものである。大衆演芸史と医学史の両方で結構注目されているマウンティバンク(おもしろおかしいショーをやりながら薬を売りつける大道薬売り)が登場するということで私はいつもマウンティバンクって何だかわからん、という人に説明するときにこのビデオを使うのだが、人種混合コンビが旅芸人として移動してるのに全然人種差別にあう気配がなかったり、歴史記述の点ではかなり理想主義的にアナクロニズムをやる感じになっている。


 『ジャンゴ』はある種神話じみた復讐譚でかなり暴力的なので、ほのぼのおちゃらけ系の上のビデオとは全然関係ないように見えるだが、ヨーロッパ系のオッサンと若いアフリカンアメリカンが芝居をしながら19世紀のアメリカ珍道中的を繰り広げるっていう主な筋は'Say, Say, Say'のビデオにそっくりだと思う。そういう意味では、奴隷制度の罪にまみれていないヨーロッパの知恵を持ったオッサンが将来あるアフリカンの若者と組むことで人種平等を実現していく…っていうモチーフはアメリカ人の歴史的想像力をかなりくすぐるものなのかもしれないと思う。


 で、面白いのは'Say, Say, Say'も『ジャンゴ』も、どちらも旅する男たちはショービジネスとしての医術というバックグラウンドを持っているということである。'Say, Say, Say'はストレートに大道薬売りだが、『ジャンゴ』のドクター・キング・シュルツはもともと歯科医で、歯の模型がてっぺんについた馬車でアメリカを旅してるってことはもともとこの人はたぶん抜歯ショーをやってた男だと思うのである。こちらを見ていただきたいのだが、19世紀くらいになるまでヨーロッパ(及び北アメリカ)の庶民向け医術というのはクローズドな診察室とかじゃなくけっこうな部分が広場とかで大袈裟な見せ物として行われるものであって、歯抜きとかはよくある見せ物のひとつであった(時代や地域によっては手術を見せ物として公開していたし、『スウィーニー・トッド』舞台版では理髪師が手際よくヒゲをそってみんなをうならせる見せ物がかなり丁寧に描写されているが、ああいうのは結構よくあった)。『ジャンゴ』のテーマが「芝居をすること」というのは結構論じられているが(こちらのエントリなどがとてもよく分析している)、おそらく元々抜歯パフォーマンスとかをやっていたのであろうシュルツが今賞金稼ぎで周囲を欺くための芝居をしてる、というのは非常に自然な流れなんだろうと思う。おそらくシュルツが流しの歯科医であったという設定は、単に演じるだけではなく芝居をし見せ物をすることによって社会の病を(非常に手荒な方法で!)取り除き、一般庶民を助けるという意味が含まれているんじゃないのかな?シュルツはアメリカ南部の虫歯を派手に抜いて回る男なのである。


 一方で悪役であるカルヴィン・キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)は骨相学にハマっており、これはシュルツが体現している庶民のための手荒な医術とは全く異なる、エリートの特権を守るためのニセ医学である。歯の模型をつけて村々を流している超あやしいニセ医者ふうのシュルツが実はとても筋の通った話をするいいヤツであるのに対して、脳の分析とか一見もっともらしい「科学的」手法を語るキャンディはとんでもないイカレたヤツだ、という対比がここにあり、そういう意味ではこれは庶民のための医術vsエリート医学の対決の物語なのかもしれないと思う。さらに、骨相学にハマってるカルヴィンがどうも姉と近親相姦してるらしいというあたり、非常に骨相学の都合がいいところだけ利用してる感があってこれも面白い(近親相姦とか骨相学に興味ある人ならすごい勢いで攻撃しそうだと思う)。


 で、主人公であるジャンゴはシュルツから賞金稼ぎのいろはを仕込まれ、最後は一人になって戦うのだが、最後の最後でジャンゴがシュルツ仕込みの話術で「仮病(つまり、演じられた病)を暴く者」となる、っていうところで、ああやっぱりこの映画はショーとしての医術、みたいな話だったんだな…と思った。あれでジャンゴは見せ物をしながら社会を癒す者として独り立ちしたんだと思う。


 で、この映画で唯一芝居がヘタ(心を偽れないので芸達者な人たちに助けてもらわないといけない)なのがケリー・ワシントン演じるジャンゴの妻ブルームヒルダである。たぶんあのブルームヒルダの役造形は『国民の創生』のリリアン・ギッシュとかをわざと裏返してやってるんだと思うので(『国民の創生』では恋人を熱烈に愛している白人の美女が悪辣なアフリカンに強姦されかけるが、『ジャンゴ』では恋人を熱烈に愛する黒人の美女が悪辣な白人たちに危険にさらされる)、あまりブルームヒルダが「セクシーな黒人女性」にならないよう気をつけててこれは映画に一貫性を持たせるという点では意味があるんだと思うんだけど、単純にキャラとして面白みがないのでそれは問題だと思った。ワシントンがいかにもかわいこちゃんタイプでいつもタランティーノが使う剛腕美女タイプでないのもあり、本当に何もできずに夫の助けを待つだけの悩める美女になってしまっているのがつまらないと思う。あれ、最後にブチ切れてブルームヒルダが白人を殺しまくる、とかだったらもっとさらに面白い話になったと思うよ!