フリーハウスを求める戦いこそ自由のための戦いだ!〜『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』(ネタバレあり)

 『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』を見た。エドガー・ライトが監督で、おなじみサイモン・ペグとニック・フロストはもちろん、マーティン・フリーマンピアース・ブロスナン(!)も出演。五人の中年男たちが久しぶりに故郷のニュートン・ヘイヴンに帰って、学生時代に完遂できなかった、12軒のパブが並ぶ「ゴールデン・マイル」を制覇するパブクロールに繰り出そうとするのだが、途中でどういうわけか世界を救う羽目に…という話である。こう書くとなんだか意味のわからないストーリーだが、とにかくむちゃくちゃ面白かった。とりあえず、まずは日本版じゃなくてインターナショナル版の予告を見て下され↓

 ↑これ、トレイラーにプライマル・スクリームの'Loaded'が使われてるんだけど、本編でも始まりにババーンとすごく効果的に使われてるんですわ。

 'Loaded'は1990年の曲なのだが、この他にもブラーの'There's No Other Way'とかスウェードの'So Young'とか、80年代後半〜90年代初めの、マッドチェスター&ブリット・ポップが一番キラキラしていた頃の曲がふんだんに使われている。そしてこれはこの五人の中年男達が青春時代に聞いていた曲であり、つまりこいつらはブリット・ポップが一番クールだった頃にその雰囲気を吸って育ったわけだ。主人公でドラッグのリハビリ中であるゲイリー(ペグ)はこの頃の自由でキラキラした雰囲気を懐かしみ、若い頃に出来なかったパブクロールを成し遂げようとして嫌がる仲間を故郷に連れて帰るのである。

 パブクロールというのはUK及びブリテン人アイルランド人が住んでいるところでは飲酒文化の一つになっているもので、簡単に言えばいろんなパブを何人かでハシゴして飲むというものである。パブクロールの楽しみの一つは、いろんなパブでいろんな酒が飲めること…であるはずなのだが、この映画ではどういうわけだかニュートン・ヘイヴンのどのパブも同じような内装で同じようなメニューを置いており、これがこの映画の重大なテーマである「自由を求めること」と密接につながるようになっている。監督のライトも「悲しいことに最近のパブはどこも皆同じような感じで…」と言っているが、ここ20年ほどでUKのパブはかなりの数がチェーン(しばしば強欲と批判されることもあるような大手の傘下)になり、どこも同じような決まった銘柄の酒しか出さないようになった(このへんはいろいろ複雑怪奇な細かい契約の違いとかがあるので、酒を飲まない私はちょっとあまり把握できてないのだが)。これに対してチェーンでないパブはfree houseとかindependent pubとか言われており、持ち主が出したい銘柄の酒を出している。おそらく、ゲイリーたちが若い頃はゴールデン・マイルにあったパブはフリーハウスだったのではないかと思われるのだが、今ではチェーンのどうでもいい感じのこぎれいなパブになっている。これは別にニュートン・ヘイヴンだけじゃなくUK全国で起こっている現象なのだが、この映画ではそれを宇宙人の侵略=人間の自由に対する侵害と重ね合わせているわけである。そう考えると、この映画はけっこう辛辣な反グローバリゼーション、反大企業メッセージを持った映画だと言える。地元のパブが大手チェーンの傘下に入ってこぎれいになるのはそれはそれで健康的な営みなのかもしれないが、実は商売の多様性を奪い、フリーハウスを減らしているという点で地元の活気を奪っている。ネタバレしてしまうと、ニュートン・ヘイヴンの人たちはいつのまにか穏やかで健康なロボットに置き換えられていた…ということになるのだが、これは宇宙のネットワークが皆で共有された理想に基づき、地球に対して良かれと思ってご親切でやったことである。しかしながらゲイリーたち酔っ払いにとっては、いくら穏やかで健康だろうがロボットになることは「奴隷」('slave')になることであり、人間にとって最も大切なものである自由を制限されるのは耐えがたいことだ。この映画では、パブがフリーハウス(「自由な家」)でなくなることと、人間の自由や多様性がなくなり均質化されることをかなり重ねて描いていると言えると思う。この映画では、多種多様な酒を飲んで内輪で無害なバカさわぎをやることが、人間に与えられた神聖な自由の象徴として描かれているのである。

 と、このSFアクションコメディは実はかなり辛辣で正統的な諷刺ものだと思うのだが、そういうメッセージをとにかく抱腹絶倒のバカ笑いで包んで提供しており、またまた役者も皆それぞれ芸達者で違う味わいを出しているということもいい。一人だけ最初っからハイテンションで浮きまくっているゲイリー(ペグ)、一切酒をやめたはずが途中で覚醒するアンディ(フロスト)、WTF!(What the fuck?の略称)が口癖のオリヴァー(マーティン・フリーマン)、いじめられっ子だったお人好しのピーター(エディ・マーサン)、オリヴァーの妹のサムの愛をめぐってゲイリーとケンカするスティーヴ(パディ・コンシダイン)と、五人の中年男のキャラが非常にそれぞれの役者にあった雰囲気で描き分けられている。ほぼ唯一の女性キャラであるサム(ロザムンド・パイク)の見せ場が少ないのと、あと落とし方がちょっと『プラネット・テラー』みたいで二番煎じっぽいのが残念だが…あっと驚くようなところで出てくるピアース・ブロスナンにも注目。

 しかし、こういう映画の女性版ってできないのかな…うち、酔っ払いでなくてもいいのでしょうもないオタクな感じの中年女たちが地球を救う映画も見たいよ!しかしそういう映画はないのでしらばくは『恋のミニスカ・ウェポン』とかで我慢するほかないかねぇ…