南部ゴシックの解体〜『8月の家族たち』

 『8月の家族たち』を見た。

 ↑これ、予告編を見るとブラックユーモア家族コメディに見えるのだが、実際に見てみると笑いがかなり少なく、オチもかなり暗い作品で、なんでもお涙頂戴映画にしちゃう日本の宣伝からするとこういうコメディタッチの予告はちょっと変わってるかもしれない…と思う一方、この予告から思うほど全然ハートウォーミングではない。

 ストーリーは家長であるベヴを自殺で失ったオクラホマのウェストン一族の崩壊を描くもので、はっきり言ってブラックコメディというよりは南部ゴシックである。ガンを患い、処方薬中毒で完全にイカれている母ヴァイオレットとその娘であるバーバラ、カレン、アイヴィが主要人物で、これにたくさんの親族が絡んでくる。

 とりあえず役者の演技は皆すごい。ヴァイオレット役のメリル・ストリープの芝居は普通だったらびっくりするようなもので、とはいえメリルだからまあできるのが当たり前ってことでびっくりはしないのだが、おそらく若い頃はキレイだったんだろうけど今は見る影もない、病気でヤク中のぶっとんだ田舎のおばちゃんをすごいナチュラルさで演じている。メリルの芝居に他の役者があわせるみたいな感じなのだが、他のメンバーもクセ者ぞろいなのでストリープの一人芝居にはなっておらず、それぞれ自分によくあった役を得てキャラが立っている。バーバラ役のジュリア・ロバーツが真面目な人がキレた時の怖い感じを克明に演じるかと思えば、その夫役のユアン・マクレガーはいかにもいい人そうなのに浮気性だったりとか、単純な善人になっていなくて芸が細かい。個人的には、若々しいがどうやら母ヴァイオレットのすっ飛び性質を悪い意味で受け継いでいるらしいカレンを演じるジュリエット・ルイス、典型的な田舎のおっちゃんなのにものすごくマスキュリニティから降りてる感があってそこがかえって人格の良さを露わにしているチャールズ役のクリス・クーパー、とにかく弱くて頼りなさそうな息子チャールズ役のベネディクト・カンバーバッチ、子どもっぽいところがあってことの重大さを理解していない感があるバーバラの娘ジーンを演じるアビゲイル・ブレスリンなども見所だった。

 …しかしながらこの映画、全体的に演技で保ってる感じで、脚本のほうは映画としてどうなのか…という気がした。おそらく舞台でこれをやると結構デフォルメの技が使えるので黒い笑いが起きると思うのだが、映画だとリアリズム志向になってしまって誇張によるブラックユーモアが減少し、暗く単調になってると思う(最後のナマズの皿を割るところは笑えたけど)。細かいところでも、最初にサム・シェパードが出る必要はあったのかとか(ベヴは「不在の中心」でよくない?)、ネイティヴアメリカンであるジェナの使い方はどうなのかとか、いろいろツッコミどころがある。

 さらにもう一言付け加えるなら、この映画って基本、オクラホマのド田舎に秘密を抱えた家族がいて…っていうことで南部ゴシックだと思うのだが、なんか南部ゴシックにしてはすごく「フェイク」感がある。南部ゴシックというとフォークナーとかテネシー・ウィリアムズのドロドロした話を思い浮かべると思うのだが、この映画、全体のテーマ曲がブルースとかじゃなくエリック・クラプトンLay Down Sallyで、オーセンティックなブルースではなく、ブルースを真似して作られたUK文化出身の音楽がこの一家の紛争を支配しているのである。音楽だけじゃなく、プロットのほうもどっかで見てきたような設定が多くて、これってポストモダン的南部ゴシック、あるいは南部ゴシックの解体を目指してるんだろうか…と思ってしまった。徹底的にアメリカの話なのにユアン・マクレガーベネディクト・カンバーバッチアメリカ英語をしゃべるアメリカ男として出てるのもなんともいえないフェイク感を増幅してると思う(マクレガーよりカンバーバッチのほうがナチュラルだった気がするんだが、私は訛りに関しては全くあてにならないので自信はない)。まあ、そういうのが好きかどうかでこういう映画は好みが分かれると思うのだが。

 ちなみにメリル・ストリープが病気の母親で、娘がいて…というと『母の眠り』というとても良い作品があって、こちらのほうがむしろオススメかも。