名誉が何だ!フォルスタッフの面目躍如〜 『不破留寿之太夫』

 かなり前になってしまうのだが、国立劇場で新作の文楽不破留寿之太夫』を見た。これはフォルスタッフが登場するシェイクスピアの『ヘンリー四世』第一部及び第二部と『ウィンザーの陽気な女房たち』を原作に河合祥一郎先生が脚本を作ったものである。

 主人公は大酒飲みのだらしない太ったおさむらい、不破留寿之太夫。領主のお世継ぎ春若(原作のハル王子に相当)のおつきで、将来は引き立ててもらえることを期待して毎日飲んで騒いで暮らしている。居酒屋の女房お早とそば屋の女房お花に恋文を送って貢がせようとして裏をかかれたり、春若にかつがれたりいろいろな失敗をする。最後に領主が亡くなり、春若に出世させてもらえる…と思ったところ、不破留寿之太夫のでたらめぶりに呆れはてた春若は不破留寿之太夫を追放し、綱紀粛正を宣言する。不破留寿之太夫は「名誉が何だ、ただの言葉だ」という原作にもある有名な台詞を吐き、戦で武功をたてて真面目に暮らすより、太平楽に愉しく暮らすほうがどれほどましか、というようなことを言う。一応、最初と最後にシェイクスピアとおぼしき洋装の男が出てくるので、枠もある。
 
 私は文楽をはじめとした人形劇が非常に苦手なのだが、これは初心者にもわかりやすく、面白かった。一応、原作の英国史関係のところは全てカットし、フォルスタッフが活躍するお笑い話だけを集めてあるので気楽に見ることがでいる。原作をぎゅっと縮めているので一日でいろんな目にあうフォルスタッフは大変だが、最後もきちんとまとめており、笑える。とくに原作ではフォルスタッフは追放され、ヘンリー五世となるハル王子が体現する、放蕩の終わりと秩序引き締めが強調されるのだが、この翻案ではフォルスタッフが「平和にのんべんだらりと暮らすことこそ人間の本分」というような価値観を称揚して終わっており、こちらのほうがずっとしっくりくると思う。