非常にきちんと作られた映画だが、物足りないところも〜『不屈の男 アンブロークン』

 右翼団体の抗議のせいで日本公開がトラブったアンジェリーナ・ジョリー監督作『不屈の男 アンブロークン』を見た。アメリカのオリンピック選手で、日本軍の捕虜収容所に入っていたルイス・ザンペリーニの伝記映画である。

 とりあえずザンペリーニの人生が波瀾万丈すぎて、一本に四本分くらいの素材が詰め込まれた作品である。アメリカの田舎町に住むイタリア系移民の息子だったザンペリーニが非行少年になりかけていたところ、兄によって陸上の才能を認められ、特訓の末に才能が開花。ベルリンオリンピックに出場するまでになる(この部分はスポーツ映画)。ところがメダルを狙えたはずの東京オリンピックは戦争で中止になり、ザンペリーニは航空隊に入隊し、枢軸国と空中戦を繰り広げる(この部分は戦争映画)。ところがある日航空機が故障で海上に墜落、生き残った戦友ふたりと飢えや渇きに苦しみながら一ヶ月以上海を漂流するという地獄体験を味わうことになる(この部分は海洋映画)。やっと他の船に拾われたと思ったら助けたのは敵である日本軍で、送られた捕虜収容所では所長の渡邊に目をつけられ、ひどい虐待を受ける(ここは捕虜収容所もの)。一応、オリンピックの部分などは回想になっていて、あまりバラバラな印象を与えないよう編集で工夫しており、こんだけたくさん内容がある話をよくまとめたのはすごいと思う。ただ、部分部分はけっこうよくできているにせよ、それでもちょっと詰め込みすぎでいびつな雰囲気はあるかもしれない。とはいえ一本でこんだけいろいろ入っているとやっぱりなかなか面白く、見て損は無い映画である。

 話題になっていた捕虜虐待の描写については、たしかに陰惨だが他の映画と比べるとそんなに飛び抜けて残虐だというわけではないし、どっちかというと一昨年公開された『レイルウェイ 運命の旅路』とかのほうが心理的にキツかったように思う。『不屈の男 アンブロークン』に出てくる虐待者である渡邊所長はミュージシャンのMIYAVIが演じているのだが、良家の息子で非常に美男なのだがすごく性格が悪く、微妙に出世が遅れているので余計鬱屈しているというキャラクターで、一言で言うととても「特別」なタイプの人間である。こういう「美男でサディスト」みたいな人を持ってくると、捕虜虐待っていうのは特別なタイプの人がやっちゃうんですよー…という感じになって、ちょっとリアルさが薄れるように思うのである。一方で『レイルウェイ 運命の旅路』に出てくる虐待者の永瀬は、ちょっと特殊技能(語学の才能)があるだけの一般人が日本軍という組織の中で出世を求めた結果、どんどんエスカレートして虐待者になったというようなキャラで、そこらにいそうなごくフツーの人間が戦争では虐待者になるという要素があり、リアルだしかえって心理的に来るものがあった。おそらく製作チームのほうはこういう美男でサディストのキャラを立たせたかったのでハンサムなミュージシャンをキャスティングしたのだろうし、MIYAVIの演技も悪くなかったのだが、映画全体のリアルな迫力という点ではどうだったのかなーという気がする。

 なお、この映画はベクデル・テストはパスしない。ほとんど戦争と漂流と捕虜収容所なもんで、台詞のある女性キャラというとちょっとだけ出てくるザンペリーニの家族だけで、ザンペリーニのこと以外はあまり話さないからである。アンジー、次回はもうちょっと女性同士の会話とか演出してほしいなー。