蜷川の遺作となった『尺には尺を』を彩の国さいたま芸術劇場で見てきた。
最初と最後にイザベラ(多部未華子)が鳥を飛ばす場面が付け加えられているのがポイントで、全体的にこの尺尺のイザベラはとてもガッツのある女性である。最後に求婚する公爵(辻萬長)を振り切って出ていき、鳥を飛ばすところはたいへん心に残る。中盤、とくにジョン神父に変装した公爵とやりとりするところではもう少し演出でイザベラの自由な精神を際立たせたほうがいいのではないかと思うところもあったが、とはいえ非常に生き生きしたイザベラだった。マリアナに「跪いてアンジェローを許してくれ」と言われるところのためらいから慈悲への移行を表す繊細な表現も良かった。
アンジェロー(藤木直人)は真面目ちゃんからセクハラクズ野郎になる難しい役どころだが、ワルとはいえけっこう人間味のある役柄になっていたし、最後に「もう死んでしまいたい」というあたり、本気で後悔して死にたがっているらしい深刻さが良かった。公爵はどちらかというと偽善的な役回りだと思うのだが、ひとりで何でも陰からコントロールしようとし、最後はイザベラと結婚したがるあたり、いい人みたいなフリをしているがやはり実にイヤな男だと思った。あと、『尺には尺を』を見ると毎回思うのだが(そしてみんなそう思っているのではと思うのだが)、この芝居に出てくる中で、弱さの点でも人間らしさの点でもまともなふつうの人間はルーチオだけである。このプロダクションのルーチオ(大石継太)はかなりまともなルーチオで、軽薄で実のない男だがイザベラのことは本気で心配しているみたいだし、大変人間味がある。
全体的には笑いのツボを抑えた喜劇的な演出で、さらになかなか理解しがたい登場人物を人間味のある連中として提示しており、よくまとまったプロダクションだったと思う。