『パディントン2』を見てきた。大ヒットした前作の続編で、パディントン(ベン・ウィショー)が落ち目の役者、フェニックス(ヒュー・グラント)に濡れ衣を着せられて刑務所に入れられてしまい、脱獄の末無実を証明するという内容である。
とにかく可愛らしくて面白おかしくて心温まるお話で、随所にちりばめられたユーモアや、かなりきちんとロケをしてリアルに描いているロンドンの風景も見物だ。パディントンが住んでいるウィンザー・ガーデンからノッティング・ヒルにかけては非常にマルチカルチュラルな地域なのだが、今作では前作よりもそのへんがリアルで、ご近所のデュボワさんにパディントンがフランス語で挨拶してたり(私は2年半ノッティング・ヒルに住んでたのだが、とにかくフランス語話者が多い地域で毎日のようにフランス語を聞いてた)、南アジア系やカリブ系が多いのもいかにも西ロンドンらしい(うちの家主もスリランカ系だったし、ノッティング・ヒルの市場はいつもカリブ系のストリートミュージシャンで賑わってる)。こういう多文化ロンドンの賛美は、既に英語圏のレビューでも言われているが、Brexit的なものへのやんわりした批判だろう。
おなじみのキャスト陣が好演しているのはもちろん、落ち目の役者である悪役フェニックスを演じるヒュー・グラントが大変よかった。とにかく芝居がかったことが好きな変装の達人で、いちいち古典の台詞を引用したり、イギリス文学の有名な登場人物の真似をしながら自己アピールするイヤミな男で、まったくグラントのために書かれたような役柄である。『ノッティング・ヒルの恋人』で演じた心優しいハンサムなイギリス男よりもむしろこっちのほうがあってるんじゃないかと思う(いかにも西ロンドンに住んでそうなとこは変わってないけど)。昔はロマコメの優男だったグラントについては、うまく年をとれるのかちょっと心配していたのだが、最近こういう役で活躍していて嬉しいかぎりだ。
そんなグラント演じるフェニックスが口にする面白おかしい台詞の中でも個人的に一番ツボだったのは、いかにも勝ち誇った顔でパディントンに言う「クマが役者に追われて退場」というやつで、これはシェイクスピア劇でおそらく一番有名なト書き、『冬物語』の「クマに追われて退場」のもじりである。いかにもフェニックスみたいな役者が「うまいこと言った!」と自己満足して言いそうな台詞で、笑った。あと、変装のひとつである「シスター・イザベラ」は、あまり自信ないのだがもし『尺には尺を』の修練女イザベラの衣装だとしたら、たぶんフェニックスはマーク・ライランスが芸術監督をつとめていた時代のグローブ座のオールメールシェイクスピアに出たに違いないとか無駄な想像で楽しんでしまった(エディ・レドメインはライランスがオールメールの復古上演に力を入れてた時のヴァイオラ役でデビューしてる)。このイザベラを警備員が「美人の修道女が悪さをしてた」と褒めるあたりは前作『パディントン』でヘンリー(ヒュー・ボネヴィル)が女装したところ地理協会の係員に美人だとやたら褒められるところの繰り返しなのだが、たぶんイギリス人が大好きなネタなんだろうと思う。さらに名優ジュリー・ウォルターズ演じるバードさんが「役者は一番信用できない連中だ!」と、楽屋オチの自虐ギャグをかましたりするところも笑える。
細かいところだが、『ハイっ!こちらIT課』のリチャード・アイオアディや女優のミーラ・サイアルがほんのちょっとだけ出てくるのはビックリした。唯一残念なのは、前作で川に突き落とされたマット・ルーカスの元気な姿が見られなかったことだ(再登場してほしいと思っていた)。なお、ベクデル・テストはデュボワさんが朝食を食べてないとメアリーに言うところでパスする。