アポロ座、オールメール『十二夜』〜マーク・ライランスのオリヴィアにスティーヴン・フライのマルヴォーリオというだけで至福ですよ

 アポロ座で『十二夜』を見てきた。夏に『リチャード三世』と一緒にグローブ座で上演されたオールメール二本立てのうちのひとつで、グローブからアポロに移動して上演。マーク・ライランス主演の『十二夜』は10年前にティム・キャロル演出でグローブで初演されたヴァージョンの再演なのだが、今回はキャストを一新してなんとマルヴォーリオ役がスティーヴン・フライ

 演出はグローブ座を想定した上演らしく、ルネサンスふうの衣類と簡素なセットを使ったものだが、でっかいシャンデリアには結構予算を使っているようでそこはかなり豪華である。アポロ座は額縁舞台でグローブ座みたいな過激な客いじりが難しいので、なんと今回は舞台の上、両脇にわざわざ小型の特別客席を設置、上演中に役者が舞台上のお客さんをいじったりするという思い切ったことをやってる。シェイクスピアの時代は若い男優が女形として出演していたので、オールメールというのも実はグローブにふさわしい伝統的な演出方法である。

 ただしマーク・ライランスは50過ぎのおじちゃまでシェイクスピアの時代に使われていた若い女形とは年齢に開きがありすぎるし、普段リチャード三世とかやってる人なのでどうだろう…と思っていたら、まあ全然おかしくなかった。普通オリヴィアの役は若くて可愛い女優さんを割り振るのが普通なのだが、ライランスのオリヴィアは白塗りで見た目はそんな美女とかじゃないけど非常に堂々としていて良家の女主人らしく、そういう落ち着いて分別もある大人の女性がどんどんシザーリオへの恋情にハマっていくあたりの態度が不思議と可愛らしく見えてくる(ちなみにライランスのオリヴィアは水平移動みたいな非常に不思議な動きをするのだがあれはどうしてるのかね。批評では「ダーレクみたいな入場」とかって言われていたが)。あとライランスですごいなと思ったのは台詞をわざと噛むところの自然にタイミングが絶妙だということである。この芝居にはオリヴィアが普段の冷静さを忘れて慌てたりする場面が結構あるのだが、ライランスはそういうところで絶妙なセリフの噛み方でオリヴィアのしっちゃかめっちゃかな心情を表現してお客さんを爆笑させる、その呼吸がすごい巧みだと思った。

 ヴァイオラ役のジョニー・フリンも夏の『リチャード三世』の時よりも女形が板に付いてきていて、とくにヴァイオラがシザーリオとして男装するというなかなか難しい場面でも「男のフリをしている女」っぽくて実に笑えた。ちなみにヴァイオラはサミュエル・バーネット演じるセバスチャンと化粧・衣装・身振りで非常にそっくりに似せているので、この双子のきょうだいを周囲が混同するという筋もかなり説得力があるように見える。

 しかしやっぱりすごいなと思ったのはスティーヴン・フライのマルヴォーリオである。フライは前に芝居に出た時は酷評+持病の双極性障害の悪化でステージフライト発作に襲われベルギーに逃避したらしいのだが、今回のマルヴォーリオ役の演技はうってかわって体力も気力も充溢しまくっていて非常に良い。なんというかフライのマルヴォーリオは非常に複雑な男で、いかにもあまり恋愛などに縁がなかったがプライドだけは人並み外れている有能なビジネスマンが賢い女上司に身も世もなく惚れて失敗し、部下から笑いものにされる…みたいな感じが良く出ていて、非常に笑えるが一抹の哀愁がある。

 このプロダクションですごいのは、こういうひとりひとり個性の強い役者たちの息が完璧に合っているということである。例えばこの公演ではシザーリオとして男装したヴァイオラとオーシーノ公爵の関係がかなりホモエロティックなものとして演出されており、とくにフェステの歌を聴く場面ではオーシーノがシザーリオに実は惚れているらしいことが結構明確に描かれているのだが、オーシーノがロマンティックな歌をきいている間になんとなくシザーリオの手を握ったりしてしまい、シザーリオがどぎまぎするところの芝居にフェステの歌が効果的にかぶさって実に楽しい場面になっている。マルヴォーリオとオリヴィアが長机で執務する場面とかもなんてことはないちょっとしたやりとりでこの2人の上司部下関係がよくわかって説得力がある。こういう細かい工夫の積み重ねで全体が楽しい芝居になっていると思う。

 まあそういうわけでアポロ座の『十二夜』は非常にオススメ。今まで見た『十二夜』の中で一番良かったかも。まだちょっとはチケットあるらしいのでロンドン市民は絶対行ったほうがいい。