悪く無いのだが、原作既読が前提?〜こまばアゴラ『悪童日記』

 こまばアゴラでサファリ・P『悪童日記』を見てきた。アゴタ・クリストフの有名な小説の舞台化で、60分ほどの小品である。この作品は最近映画化されており、設定についてはそちらのレビューを参照。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
アゴタ クリストフ
早川書房
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 このプロダクションは動かせる木の台がいくつかあるところに5人の男性だけでやるシンプルな演出である。お話は原作にだいたい沿っており、翻訳の文体にかなり近い台詞を使っており、非常に原作に似たドライな触感を醸し出している。役者陣の身体能力がかなり高く、木の台を自在に動かしたりしており、最初は大丈夫かなと思ったが60分間、まったくたるまなくて生き生きした芝居作りをしていると思った。原作がかなりのクセモノなので心配していたのだが、がっかりするような内容ではまったくなかった。

 ただ、非常に気になったところが二箇所あった。原作を知っている人には非常にわかりやすく原作の触感を生かした芝居に見えるのだが、これは原作を読んでいない人には全く入り込めないのではないか…ということである。ほとんどシチュエーションを説明しないで進むので、あのクリストフの小説の独特の展開のしかたに慣れていなければさっぱり面白くないかもしれない。もう1つ気になったのが、シンプルな演出で暴力とセックスを表現することで最大の効果をあげているものの、もうひとつ原作にあった政治的な含意がほとんど前に出てこなくなってきているのではないかということである。公演ウェブサイトには「私たちはヒトラーと、どう違うのか」とあるのだが、うまくやれば地域に根ざした政治性を強く押し出せるはずの靴屋のエピソードや家政婦のエピソードがわりと刈り込まれていることもあって、この言葉に込められた政治的な側面がほとんど表れてきていない気がした(倫理的な側面は表れているかもしれないが)。