終盤までは凄く面白いが、終わり方がちょっと~ケラリーノ・サンドロヴィッチ『修道女たち』(ネタバレあり)

 ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出『修道女たち』を見てきた。

 

 舞台はどこかの王国(はっきりしないが、ちょっと東欧っぽいかもしれない)。キリスト教によく似ているが、「主ダズネ様」と「聖女アナコラーダ様」を信仰している宗教の女子修道院が舞台である。この修道院の宗派は国王から迫害されており、先だって40人以上もの修道女が毒殺されるという事件が起こったらしい。新しい修道院長シスター・マーロウ(伊勢志摩)とその補助役シスター・ノイ(犬山イヌコ)を中心に、シスター・ニンニ(緒川たまき)、シスター・アニドーラ(松永玲子)、事件後に修道院に入ったシスター・ダル(高橋ひとみ)とシスター・ソラーニ(伊藤梨沙子)の母娘の6人で細々と修道院を運営している。修道女たちは毎年恒例の巡礼の旅に出るが…

 

 宗教弾圧がテーマのシリアスな話なのだが、全体的にシュールなコメディみたいな作りで、不条理だが笑えるところがたくさんある。修道女たちの宗派は、見た目は非常にキリスト教っぽいのだが、お祈りのやり方などが妙に可笑しい。またまた超自然的なトラブルが起きたり、登場人物のひとりが木に変身する病気にかかってしまったり、突拍子もない展開がたくさんある。このせいで、悲劇的な話なのにあまり暗さはない。

 

 修道女たちの人間関係や信仰心はとてもしっかりと描かれていて、終盤まで非常に見応えがある。とくに、少し知的障害があるらしいが何か不思議な力を持っているらしい村娘オーネジー(鈴木杏)とシスター・ニンニの友情は非常に細やかなものだ。一方で優柔不断な修道院長と、しっかり者だが毒殺事件について責任を感じているシスター・ノイのやりとりなども、真面目なところと面白おかしいところ、うまく緩急をつけて描いている。

 

 ただ、最後の終わり方だけがどうもうまくいっていないと思った。ネタバレになるが、最後は6人のシスターたちとオーネジーが殉教して終わる…のだが、この殉教の理屈がどうも劇作上、筋が通ってない。ちょっと終盤の展開は複雑なのだが、村人たちが保身のためシスターたちを暗殺しようとしているのではないかという疑いが出て、シスターたちは村人を信じ、神に全てをおまかせすべく、毒が入っているかもしれないぶどう酒を飲んで殉教する…という終わり方になっている。シスター・ノイは国王やそれに近い人たちのことを信用したせいで以前の毒殺事件を防げなくなったこと、そして自分が生き残ってしまったことを後悔しており、そのせいでいろいろ信仰について考えている、というのはわかるのだが、そこで最後にノイが毒入りかもしれないぶどう酒を飲もうと言いはじめる理屈がどうもはっきりしない。既に村人たちにもらったいちじくのパンでネズミが大量死しているので、村人たちが修道女を暗殺しようとしており、信用できないということは既にわかっているはずだ。それなのに、ノイは村人たちが善意であり、ぶどう酒に毒は入っていないかもしれないから…というようなことを言う。村人たちに善意がないのはとっくに明らかになっているはずなので、ここで村人たちのことを信用してみようというのは、話の流れとして不自然だと思う。このあたり、なんだか無理矢理理屈をつけて悲劇的な殉教の結末に持って行こうとしているような感じで、展開上かなり無理があると思った。