ピカイチの革命家、サイテーの夫~NTライヴ『ヤング・マルクス』(ネタバレあり)

 ナショナル・シアター・ライヴで『ヤング・マルクス』を見てきた。ニコラス・ハイトナーなどが立ち上げた新劇場ブリッジ・シアターのこけら落とし作品で、リチャード・ビーンとクライヴ・コールマンによる新作である。

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 舞台は1850年のロンドン。大陸から亡命してきた革命家カール・マルクス(ロリー・キニア)は、才知や弁舌のほうはピカイチでもまったく生活力のない人物で、妻のイェニー(ナンシー・キャロル)やメイドで活動家のニム(ローラ・エルフィンストン)、親友のエンゲルス(オリヴァー・クリス)に迷惑をかけっぱなしだった。家具は差し押さえられ、活動家仲間とは決闘沙汰、さらにマルクスと不倫関係になってしまったニムが妊娠し…

 

 革命家・理論家としては並ぶ者も無い才気とカリスマを有していたマルクスが、私生活ではメチャクチャで大変困った人であり、家族や友人に迷惑をかけまくる様子をコミカルに描いた作品である。全く稼ぎがなくて子どもの薬代や教育費も出せないため、生活費は親友であるエンゲルスに出してもらっている。その程度ならまあ笑ってすませられるかもしれないのだが、妻の私物を盗んで質入れしようとして大失敗するわ、決闘で身代わりになって命を救ってくれた活動仲間シュラムにロクにお礼も言わないわ、どんどんクズっぷりがエスカレートする。さらには家族の一員で活動仲間としても欠かせない存在であるニムを口説いて妊娠させてしまい、スキャンダルを避けるため女にもてるエンゲルスが父親だということにしようとするなど、度を超したダメ男エピソードが次から次へと出てくる。しかもメイキングの解説によると、時系列や場所などについて若干の脚色はあってもエピソードじたいはほぼ史実に基づいているらしい。

 

 そういうわけでマルクスはたいへんなダメ男だしサイテーの夫で、まったく友だち甲斐もない男なのだが、あまりにも才気とカリスマに溢れているせいで、どんなにひどいことをしても周りの人がなぜか彼を許してやってしまう。妻やニム、シュラムはもちろん、エンゲルスとは熱烈なブロマンス関係にあり、エンゲルスマルクスに執筆させるためなら何でもやる。そんなとんでもない人なのになぜか憎めなくて魅力的なマルクスを、ロリー・キニアが愛嬌とユーモアたっぷりに演じている。

 

 19世紀のロンドンの雰囲気を表したセットも魅力的で、ヴィクトリア朝のソーホーのスカイラインを背景で表現し、たまにマルクスが警察などから逃げるため屋根にのぼったりするなど、上下の動きもうまく使ってロンドンの街路をよく再現している。当時のソーホーではヨーロッパにいられなくなった亡命者たちが自由に暮らせたそうで、この作品では故郷から離れてはいても仲間がたくさんいるドイツ系移民コミュニティの親密な雰囲気を強調しており、亡命中とはいってもノスタルジックな寂しさは全然なく、大陸からやってきた移民たちのおかげでロンドンの知的活動がえらく活発化している。このあたりは昨今のBrexitをめぐる動きをやんわり批判しているのかもしれない。