二級市民には意見を伝える手段すらない〜『サフラジェット』(『未来を花束にして』)

 『サフラジェット』(『未来を花束にして』というタイトルだが、全く酷い日本語タイトルである)を見てきた。1912年のロンドンを舞台に、洗濯工場でクズ上司のセクシャルハラスメントに苦しみながら働くモード(キャリー・マリガン)が女性参政権運動に参加するようになり、サフラジェットの闘士として戦う様子を描いた作品である。

 全体としては、これまでミドルクラス以上の活動家が注目されがちだった女性参政権運動について、ワーキングクラスの女性たちに焦点をあてる近年の研究成果を反映した作品になっている(これについてはCarol Dyhouse, Girl Trouble: Panic and Progress in the History of Young Womenのレビューでちょっと触れたことがある)。サフラジェットというのはこの映画にも出てきたWSPUのメンバーを中心とする戦闘的な女性参政権活動家のことであり(この間私が翻訳で作った日本語版ウィキペディアのサフラジェットの記事も参照)、彼女たちはパンクハースト母娘に率いられて破壊活動も厭わなかった。
 この破壊活動については評価が分かれるところなのだが、この映画においてはどうして彼女たちが破壊活動をするに至ったのかがかなりきちんと描かれている。モードのようなワーキングクラスの女性には全くといっていいほど人権が保障されておらず、職場などで性暴力にあっても訴えられないし、離婚や財産についても夫に比べて著しく不利で、とくに離婚すると子どもの親権をとることもできない(このあたりはちょっと時代が古いがアン・ブロンテの『ワイルドフェル・ホールの住人』で実にエグく描かれている)。稼ぎは夫にとられ、暴力を振るわれることもある。そしてこうした中で状況を改善させようとしても、そもそも選挙権がないので自分たちの代表を議会に送ることもできない。女性たちは全くの二級市民であり、税金だけはとられて権利は無い存在なのだ。序盤でモードは一度議会で労働条件についての証言を行うが、選挙権の無い女性たちの証言は無視されてしまう。このあたりの描き方は、「平和的な運動」という概念じたいが実は既得権者の有利に働くことがあり得るということを鋭くついていると思った。いくら平和的に頼んでも彼女たちにはそもそも議論のテーブルに上がる権利すら認められていないので、議会に影響力を及ぼすことができず、抹殺されるだけなのである。このため、モードやその仲間たちは注目されるため、脅威になるために先鋭化し、破壊活動をするようになる。
 女性参政権が認められるようになったのは第一次世界大戦後なので、この話の展開としては、スティード警部(ブレンダン・グリーソン)が「殉教者が出たらパンクハーストたちの勝ちだ」と予言した後、エミリー・デイヴィソン(ナタリー・プレス)が有名な競馬中の自爆テロを行って亡くなったため、スティードが「彼女たちが勝つのだ」と悟って終わる…という落とし方になっている。このエミリーが馬と衝突して亡くなったというのは史実なのだが、エミリーが実際に自殺するつもりだったかどうかについては解釈が分かれており(事故説が有力)、映画の中ではちょっと曖昧に含みを残した描き方になっている。
 全体的には非常に真摯で歴史的考証もしっかりしており、お話としてもよくまとまっていて、女性たちのキャラクターもしっかりしており(ベクデル・テストはもちろんパスする)、すごくオススメの作品なのだが、ちょっといろいろ詰め込みすぎでわかりにくいのではと思うところもある。たとえばこの頃は今に比べると女性が不用意に男性に肌を見られてはいけない、人前ではきちんとした服装でないといけないという規範が強かった。こういうこともあってサフラジェットは柔術の稽古をしながらミーティングをしたりしていたらしいのだが(女性たちが服を着崩した格好でスポーツをしているところはなかなか警官も踏み込みづらい)、それをふまえると、モードたちが監獄でいきなり服を脱がされたり、イーディス・エリンが診察をしているところに警察が踏み込んでくるのは、当時の女性たちにとっては今よりはるかに抵抗があることだったはずだ。また、冒頭でスティードたちがアイルランドの状況を報告している場面があるが、サフラジェットとアイルランド独立派は当時のイングランドにおける大きな公安案件で、どちらも虐げられた扱いから脱するために武装闘争を選ぼうとしていたが、第一次世界大戦で棚上げされる運命に陥ったという共通点があった(ただ、ハンストなんかのサフラジェットの戦略はどっちかというとロシアの革命家に近いらしいし、アイルランド独立運動の転換点のひとつであるイースター蜂起は1916年と少し後なのだが)。他にも、この頃盛んだったもうひとつの公安案件である労働運動を意識しているのかな?という描写もある。こういう歴史的なことがらがたくさん詰め込まれているが、なかなか一度見ただけではわかりづらいと思う。