犯罪にかかわらずに生きていけない場所における、男らしさの問題~『キックス』

 『キックス』を見た。

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 カリフォルニアのリッチモンドに住んでいる15歳の少年ブランドン(ジャキング・ギロリー)は治安の悪い地域に住んでおり、お金もなく、学校でもパッとしない暮らしをしている。どうしても欲しかったエアジョーダンのスニーカー(キックス)をお金をためて買うが、すぐにギャングにカツアゲされて奪われてしまう。スニーカーを取り戻すため、ギャングと対決しようとするブランドンだが…

 

 これだけだとコメディにもシリアスなフッド映画にもなりそうなあらすじだが、全体的にはフッド映画+高校生の成長ものである。ブランドンにはイケているリコ(クリストファー・マイヤー)と音楽好きのアルバート(クリストファー・ジョーダン・ウォーレス)という友達がいるのだが、その中でもブランドンが一番、小柄で見た目が幼い。3人ともテキトーに遊んでいて、万引きなんかはけっこうするのだが、ドラッグの売買とか殺人などは恐れて手を出さない、つまりちょっと不良気味だがワルというわけではないような連中だ。一方でブランドンからスニーカーを奪うフラコ(コフィ・シリボエ)たちは武器を持ち歩いている札付きのワルである。別にブランドンはフラコなんかにかかわりたくないのだが、歩いているだけでカツアゲされるような治安の悪い地域に住んでいるし、親戚に犯罪者もいるし、犯罪から身を遠ざけて暮らすことが難しい。このあたりの描き分けが非常にきちんとしていて、ブランドンたちは別に悪い子ではなく、本気で悪いことをするつもりもないのだが、犯罪に全くかかわらずには生きられない環境で暮らさなければならない立場に追い込まれていることがわかる。

 

  そうしてのっぴきならない状況に追い込まれてしまったブランドンだが、ここで出てくるのが男らしさの問題だ。こういう危険な環境では、自分が一人前の男であることを証明するために暴力を使うという選択肢がとられることも多い。しかしながら、いったん暴力に走ればそのまま転がり落ちていくのは目に見えている。そこでまだ15歳のブランドンがどうやって暴力に対処する方法を身につけていくべきか…というのがこの作品のテーマだ。

 

 アフリカ系アメリカ人コミュニティにおける男らしさの概念をテーマにしているという点では『ムーンライト』によく似ているし、なんとマハーシャラ・アリがフアンをさらにワルくしたみたいな役で登場する。ただ、『ムーンライト』のほうがはるかに技法的に工夫がある一方、『キックス』はちょっとストレートすぎるきらいはある。アフリカ系アメリカ人コミュニティにおけるスニーカーの文化的重要性を劇映画としてうまく見せているところはちょっと新鮮かなと思った。

 

 なお、この作品はベクデル・テストはパスしない。女性同士で話すところには必ず男性がいて、会話にからんでくる。