女たちは動き、男たちは堂々めぐり〜アントワーヌとレントン、『T2 トレインスポッティング』(ネタバレあり)

 ダニー・ボイル監督『T2 トレインスポッティング』を見てきた。待望の『トレインスポッティング』続編である。

 とにかく第一作に凄い思い入れがあるので心待ちにしていたのだが(バズ・ラーマン版『ロミオ+ジュリエット』と並んで、映画を見始めた十代の時に一番ワクワクして見た映画だった)、続編としてはこれ以上望めないくらい面白くまとめていて良かったと思う。とにかくオリジナルのキャストがちゃんと全員揃っていて、自然に年をとっているのが良い。始まり方から終わり方まで前作をきっちりふまえていて、ユーモアのセンスも健在だ。どっちかというとフランソワ・トリュフォーアントワーヌ・ドワネルシリーズを彷彿とさせるような展開だ。そういえばレントンを演じるユアン・マクレガーは、すっごく容姿端麗というわけじゃないがソフトで優男っぽい雰囲気が魅力でアントワーヌを演じるジャン=ピエール・レオと似た系統だと思う。

 もともと原作を書いたアーヴィン・ウェルシュの作品には全体的に伝統的な男性らしさに対する疑問や反発みたいなものがあると思うのだが(『マラボゥストーク』や『フィルス』がとくに顕著かな)、この『T2』はそういうのが前面に出た作品だと思う。第一作から20年、男たちは全然変わっていない。人生を選んで逃げたはずのレントン(ユアン・マクレガー)は妻と離婚してエディンバラに舞い戻り、シックボーイことサイモン(ジョニー・リー・ミラー)はパブを経営しつつ怪しい商売に手を出しているが不景気だ。暴力野郎のベグビー(ロバート・カーライル)は相変わらず全く成長していなくて刑務所を脱獄するし、スパッド(ユエン・ブレムナー)も妻子と別れてクスリもきっぱりやめられず、自殺を考えてる。
 男たちは全員家庭生活に失敗しており、夫、恋人、父親としてのアイデンティティが全然うまく確立できてない。レントンは子どもができなくて悩んで離婚してしまったし、サイモンはレントンから前作で赤ん坊のドーンを死なせてしまったことを責められ、現在の恋人である若いヴェロニカ(アンジェラ・ネディヤルコヴァ)にも愛想をつかされそうだ。ベグビーはインポ気味で再会した妻に対し引け目を感じ、大学に通っている真面目な息子を犯罪に引き込もうとして失敗する。スパッドはぼんやりしていたせいで子どもとの面会もロクにできない状態だ。
 一方で女たちは男たちに比べると全然、足踏みをしない。ベクデル・テストはパスしないが、それでも出てくる女たちはこの手の男性映画ではけっこうちゃんとしているほうだ。ベグビーの妻リジーは夫の助けは一切なしで息子を好青年に育て上げて大学に行かせており、暴力夫なしのほうが全然楽しく暮らしていたのではないかと思われる(ただ、帰ってきたベグビーをなんで追い出さないのかは謎)。スパッドの元妻ゲイル(シャーリー・ヘンダーソン)も1人でちゃんと子どもを育てている。ブルガリア出身のヴェロニカも若さに似合わず男たちに比べるとずいぶん自立してしっかりしている(理由は最後で明らかになるのだが)。十代の時に間違いでレントンと寝てしまったことのあるダイアン(ケリー・マクドナルド)は優秀な弁護士になってサイモンの弁護を引き受けることになり、ヴェロニカに色気を出しているレントンに「あの子は若すぎる」と、前作の展開を考えるとケッサクなアドバイスをする。設定上のダイアンと私はだいたい同じくらいの年なのだが、ダイアンは弁護士に、私は大学の先生になったのにレントンはまだこれか…などと思ってしまわなくもない。
 そういう中で全員が自分なりに男性としてのアイデンティティを探そうとするが、全然うまくいかない。レントンとサイモンはお互いあまり信用はしあっていないものの一緒に売春宿を始めようとし、ベグビーはレントンへの復讐を企てる…のだが、この連中の「男さがし」みたいなのは全然うまくいかず、暴力とバカの末に騙されて終わり、結局堂々めぐりだ。この映画では男らしさを証明しようとする男たちの企てが、哀感とユーモアはあるもののけっこう辛辣に描かれていると思う。唯一、ちょっと状態が良くなったのがスパッドで、最初は男っぽさを求めてボクシングを習おうとするが大失敗、その後は自伝を書き始めるようになり、これを別れた妻ゲイルに読ませたところ一応、認めてもらえる(よりを戻すまでには至らないが、たぶんこの後は定期的に子どもと遊べるくらいは回復するかなーというようなトーンで終わる)。この映画における書くことというのは内省することである一方、新しく創造することでもあるので、堂々めぐりのようでいて実際はそうではなく、過去の整理と新しい自分と向き合うことにつながる。この映画の中で、行き過ぎる列車をただ見ているみたいな堂々めぐりからどうにか脱することができそうなのはスパッドだけだ。騙し合いやらケンカやらの果てに、結局長年連れ添ったカップルみたいに2人でテレビを見るしかないレントンとサイモンの人生にはなんともいえない手詰まり感と哀愁が漂うが、それでも生きていくしかないのだ。

↓ちなみにこの作品の原作はウェルシュが『トレインスポッティング』の続編として書いた『ポルノ』が使われているのだが、設定は相当に変わっている。まあ、たしかに『ポルノ』はすごく2000年代っぽい話なので今はこれじゃ続編にならないだろうなーという気はする。