私はむしろバーバラでありたい〜『ファントム・スレッド』(ネタバレあり)

 ポール・トーマス・アンダーソン監督『ファントム・スレッド』を見てきた。ダニエル・デイ=ルイス引退作ということで話題になっている作品である。

 舞台は1950年代、ミニスカートが世間を席巻する前のロンドンである。オートクチュールの天才デザイナーであるレイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)と、そのミューズとなったアルマ(ヴィッキー・クリープス)の葛藤を描いた作品だ。天才らしく非常に奇矯でモラハラ男のレイノルズと、それに対してびっくりするような手段で反撃するアルマの間に芽生える感情を丁寧に描いている。
 全体的に大変よくできた映画だとは思うのだが、あまり好きになれなかった…アンダーソンの前作『インヒアレント・ヴァイス』に比べると、クスクス笑えるようなユーモアある場面が非常に少なくて息が詰まるような感じがするのと、あとアルマの存在が完全にレイノルズに付属しているのがそんなに好みではなかった原因かなと思う。アルマとデンマーク王女の会話でベクデル・テストはパスするのだが、この映画は全体がモラハラ天才男レイノルズのカリスマに依存していて、出てくる女性たちは皆彼の力の影響下にある。ひょっとすると、レイノルズのドレスをめちゃくちゃにしてしまうバーバラがこの映画では一番自由な女性なのかもしれないが、彼女は馬鹿馬鹿しくダメな女性として描かれている。とはいえ、私はバーバラみたいに、レイノルズのような男の影響から逃れられる空気を読まない女でありたいなと思った。