宣伝に騙されてはいけない、ヒーローが戦う娯楽映画~『RBG 最強の85才』

 『RBG 最強の85才』を見てきた。アメリ最高裁判事で性差別をはじめとするさまざまな不平等、不公正と戦ってきたルース・ベイダー・ギンズバーグ(通称RBG)に関するドキュメンタリーである。RBGは劇映画『ビリーブ 未来への大逆転』のヒロインでもある。

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 RBGはユダヤ系移民の家庭の娘で、50年代にコーネル大学に入学した。さまざまな性差別を受けつつ優秀な成績で大学と大学院を卒業し、弁護士になるが、ユダヤ人女性を雇ってくれる事務所はどこにもなく、ラトガース大学の教員になる。そこでジェンダーと法律に関する研究・教育を行い、アメリカ自由人権協会の活動などに参加するようになる。性差別的な法は合衆国憲法に定められた法の下の平等の規定に反するとして裁判を起こし、法を変えさせる活動に従事したのち、判事となり、さらにクリントン政権下で最高裁判事に任命される。最高裁では妥協的だがリベラルな立場の判事として活躍し、時として強烈な反対意見を書くことで有名になった。

 この映画の面白いところは、違憲審査にかかわる裁判をけっこう詳しく追っており、判決とか口頭弁論などの音声史料を使いつつ、ちょっと間違えばわかりにくくなりそうな法的手続きをかなりわかりやすく紹介していることだ。RBGの弁論とか反対意見は非常に明晰で、この映画の解説によると、アメリカではRBGが反対意見を出すたびにSNSでバズるそうである。RBGはふだんは物静かで大人しい人だそうだが、法廷ではとても明快な文章を書いて読み上げており、それをうまくエンタテイメントになるよう編集して見せている。

 さらに、この小柄なご老人がアメリカではスーパーヒーロー、大スターみたいな扱いだということも詳しく紹介していて、ここがまた面白い。同じブルックリン出身のラッパーであるノトーリアス・B.I.G.にひっかけてノートリアスRBGなどと言われており、法律を志す若い女性を中心にファンが多く、RBGについてのが出たり、タンブラーでファン活動する人がいたり、グッズまで作られていて、RBGが大学などに講演に来ると聴講者がものすごくたくさん来るそうだ。若者のアイコンみたいになっているらしい。

 たまに箸休め的に私生活の話も出てくる。夫で税法専門の弁護士であるマーティンとの夫婦愛はもちろん、極めて保守的だったアントニン・スカリア最高裁判事との友情の話はとても興味深い。この2人は法学的な見解については正反対だったが、どちらもオペラ愛好家で、そこでうまが合ったらしい。これだけでバディコメディ映画になりそうな話だ。

 全体的に、不正と戦う法律家を描いたドキュメンタリーにしてはいろいろな角度から見た話をうまくまとめており、基本的には業績を称える作品だが失言など本人の失敗についても比較的バランス良く触れていて、かなりエンタテイメントとして楽しめる作品になっている。この映画でRBGが不平等に戦いを挑む様子はMTV賞で最優秀ファイト賞にノミネートされているのだが、たしかに娯楽作として見ていて面白い作品だ。しかしながらこの不正と戦うヒーローの娯楽映画は、日本では「妻として、母として、そして働く女性として」などというジェンダーバイアスたっぷりのお涙頂戴ふうなコピーで宣伝されており、マーケティング担当者は本当に映画を見たのか疑いたくなる。

 

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シネマカリテで見かけた宣伝パネル