ホンモノのバッドボーイ~『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』

 レイフ・ファインズ監督作『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』を見てきた。バレエダンサーのルドルフ・ヌレエフの半生を描く伝記映画である。

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 普通の伝記映画ではなく、ヌレエフ(オレグ・イヴェンコ)の亡命をクライマックスとして、3つくらいの時間軸が入り交じって展開する。メインの時間軸はソ連のキーロフ・バレエのスターとして初めてパリでツアーをする時間軸で、それ以外にバシキールでの子供時代の時間軸と、バレエ学校に入って教師のプーシキン(レイフ・ファインズ)などと交流する学生時代の時間軸が並行して語られる。ただし、映画が始まるところは既に亡命後で、プーシキンが亡命したヌレエフのことで呼び出される場面から始まるので、ちょっと複雑だ。

 

 イギリス映画にしてはかなりホンモノっぽさにこだわった作りで、なんとレイフ・ファインズがロシア語をしゃべるところから始まる。主人公を演じるイヴェンコはウクライナ出身のプロのバレエダンサーで、ダンスは吹き替えていない。ヌレエフはパリでは片言の英語で意思疎通しており、ロシアの場面はたいがいロシア語だ。

 

 全体的に、ほとんどヌレエフを理想化しない、厳しい作りの映画になっている。イヴェンコはダンスも演技力も素晴らしいのだが、ここで提示されるヌレエフは才能に溢れているものの大変付き合いにくく、不人情なところもあり、行動をあまり制御できない人物だ。単にソ連に反抗的だとか不良っぽいというだけではなく、けっこう人格的に問題がありそうだという点でホンモノのバッドボーイである。ファインズやイヴェンコはこういうヌレエフをできるだけ知的であまり扇情的でない形で提示したかったようで、演出も演技も抑えたクールな感じになっている。

 

 そして、こういうアプローチは野心的で大変よいと思うのだが、問題はこの映画に実人生でバッドボーイである人物が出演しているということだ。セルゲイ・ポルーニンがヌレエフの同僚であるダンサー、ユーリ役で出演しているのだが、演技力の点ではイヴェンコに完敗…であるものの、なんかポルーニンは出てくるだけで変なカリスマがある。新宿武蔵野館で、ポルーニン演じるユーリがひとりでヌレエフを待ってるだけの場面で客席から変な笑いが漏れていたが、ひとりだけ画面におさらまないみたいなところがあるのである。ポルーニンといえばバレエ界屈指のバッドボーイで、たぶん私のようにあまりバレエを知らない人でも、ヌレエフはどっちかというとイヴェンコよりポルーニンに近い感じだったのでは…と想像してしまうのではないかと思う(ピーター・ブラッドショーもやっぱりそう思ったらしい)。

 

 そしてものすごく興味深いのは、最近性差別・同性愛嫌悪発言で厳しく批判されているポルーニン演じるユーリとヌレエフが一緒に出てくる場面が、この映画の中でヌレエフのバイセクシュアルらしさを一番醸し出しているということだ。この当時ソ連では同性愛者であることは認められておらず、おそらく自身もかなり注意して隠していたと思われるので、バイセクシュアルであることはそれとなくにおわせる程度しか描かれていない(女性と関係する場面はあるが、明確に男性と付き合う展開はない)。ユーリに対してヌレエフが性的な親密感を抱いているらしいことがわかる場面がいくつかあり、そこだけがヌレエフのだんだん目覚めつつあるらしい同性愛を暗示する形になっている。ファインズが意識してこういう演出をしているのかはわからないのだが、最近のポルーニン周りのゴシップからすると、これは皮肉というかなんというか、映画からはみ出して面白かった。

 

 なお、たぶんこの映画はベクデル・テストはパスしないと思う。